【KAC20224】しまわれたいおもい
タカナシ
「今年もまだか……」
ゴゴゴゴッ!
圧が、左からの圧がすごいっ!
いや、私だって、この状況は危惧しているし怒りも感じているけれど、横の彼女ほどではない。
「あ、あの~」
ギロリと睨みつけた目に、私は咄嗟に「すみません」と謝る。
彼女が怒っているのは私に対してではないというのはわかっているのだが、どうにも腰が低くなってしまう。
「で、なんでだと思う?」
彼女の凛とした声が響く。
「そ、その~、何でと申されましても……」
再びギロリと睨まれ、私は主人を売ることを速攻で決めた。
「それは主がズボラな行き遅れ娘だからであります!」
「わたしの主をバカにすんじゃねぇ!!」
えぇー。これどっちみち私が怒られるやつやん。
「だいたい、なんで年々わたしの世話をするやつが減るのよ!」
彼女は床を覗き込む。
釣られて私も覗く。
少し前まではこの下には彼らがいたのに、今では誰もいない。すぐに床が見える程に簡素になってしまった。
「女雛と男雛だけのお雛様なんてっ! 福神漬けのないカレーと一緒よ!」
「かなり私らの比率高いのね。なんだったら福神漬けなくてもカレー食べられるしね」
「ちょっとだけ味気ないじゃない! わたしはもっとわたしを彩る引き立て役がほしいのっ!」
「すごい本音が出てる。やめよう。女の子の夢を壊さないで!」
「女の子なんて、今の時代、素手で敵をぶん殴る時代なのよ! 男なんて逆にカードとかモンスターとかで代理で戦うのばかりじゃないっ!!」
「そういうと男の方がおしとやかに見えるけど。いや、でも男の方がずぼら率高いだろうし、こうして3月半ばまで出しっぱなしにされるかもよ?」
「鯉のぼりが出しっぱなしになっているのなんて見たことないわよっ!!」
「いや、あれは、出しっぱなしに出来ないよねっ! むしろ、最初っから出さないお宅の方が増えてるよ!」
これはマズイ。このままでは女雛の怒りはマックスになり、何を言われるか分かったもんじゃない。どこかの星人よろしく、怒りのパワーで髪が伸びたり、色が変わったりしたらそれこそ大問題だ。
私は怒りと対極のしんみりした雰囲気を作ろうと話題を変えた。
「それよりも私はこうして、一段、また一段と皆が居なくなって寂しいよ。女雛はそうわ思わないかい?」
「ええ、そうね。こう一段、また一段と居なくなるとホラーよね。次はわたしたちのどっちかかもしれないわね」
「なぜ急にホラーっ!! しかも、そう言いつつもホラーのお決まりパターンだといなくなるの私だと思ってるでしょ!」
「ええ、わたしはちゃんと生き残りやすいようにお淑やかな女性を演じるもの。お化粧も素のままのナチュラルメイクだし」
「確かにそのままっ!」
やめだ。やめだ。ここはまた話を変えよう。
呪いの人形みたいに髪が伸びてもいけない!
そうだ。主人についての話を振ろう。
「私たち、いつまで出されているんだろうね。雛人形をちゃんとしまわないと行き遅れるって伝説なのに」
「そうね。行き遅れないように、また一人、また一人と犠牲になっていったのに。彼らの犠牲は無駄だったのね」
「やっぱりホラーに戻すの止めないっ!? しかも、私たちも戻されたら彼らと会うんだよ。むしろ、彼らから心配される側だからねっ!」
「そうね。ここでは埃もかぶるし、日光も怖いわ。そういう意味では羨ましいわ。箱から出られなくて」
「すんごく嫌味っぽいから皆の前では言わないようにしようね」
思わず冷や汗を掻きそうになる。
空調しっかりしてほしいもんだ。
そのとき、遠くからキャンキャンと子犬の声が小さく聞こえてくる。
そう言えば、最近、主は子犬を飼ったらしい。
子犬……。私たちに攻撃してこないことを祈るしかない。
「そう言えば最近、主さまは犬を飼ったようよね。さすがに犬がいる環境にわたしたちは置かないでしょうから早々に仕舞ってくれるでしょ」
「そうだね。行き遅れるっていうのは、ちゃんと期日に仕舞えないような女の子は嫁の貰い手がつかないよっていう教訓的なものだからね。子犬を飼うことによって几帳面になるでしょ。ほら、女性は子供を産むと几帳面になるっていうし」
「男雛、それ、セクハラよ。右大臣に訴えるわよ!」
「やめて。マジでやめて。右大臣が絡んでくると三人官女がキャーキャー言うし変な想像を耳にするし。ほんとお願いします」
私は超絶謝った。
「でも、そうね。わたしの主さまなら、これを機にきっとすぐに仕舞ってくれるよね」
今年、箱から出されたときのような麗しい笑顔を女雛は浮かべた。
それが、まさかフリになるだなんて、このときの私には想像もできなかった。
※
「良し。今年はちゃんと3月3日に仕舞えたわね! まぁ、一年出しっぱなしだったけど、結果としてちゃんと仕舞ったし大丈夫でしょ!」
【KAC20224】しまわれたいおもい タカナシ @takanashi30
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