玉のような赤ちゃん

如月姫蝶

玉のような赤ちゃん

 孕んだ女の同意無しで妊娠中絶すると、不同意堕胎という罪になる。

 しかし、夫の同意無しに妻が孕んでも、そんな女は処罰の対象とはならない。如何なものか!

 俺が、実家で寝そべって世の不条理を嘆いていると、洗濯物を抱えたお袋が、わざわざ俺の体を跨いだ。

玉男たまお、あんたねえ、結婚した女は、夫の同意が無ければ、子供を堕ろすのは難しい。男も女もお互い様なんだよ」

 お袋は、女尊男卑の不条理を認識することすらできない無神経な女である。


 お袋が無神経なら、親父は無能だ。

「玉のような男の子」だから「玉男」なんて名付けをやらかしたのは、親父である。

 もうちょいひねれよ!

 昔は村の庄屋だった家の当主だから、親父の周囲にはイエスマンしかいない。「玉男くんか、いいお名前ですね」なんて揉み手する虫ケラしかいないのだ。

 俺は、こんな親たちから生まれた呪いを払拭すべく、練りに練った芸名を引っ提げて、お笑い芸人になった。

 俺こそは、千年に一人の逸材だ!……ただ、世界がそのことにまだ気付いていないだけで。俺様の溢れんばかりのタレントと、庄屋の末裔というノーブルネスの前に、とっとと平伏しやがれ!

 世界がのろまだから、俺は、一年ほど前、望まぬ結婚をすることになった。

 親父に、幼馴染である美恵子みえことの見合いを強制されたのだ。

 美恵子は、農協の事務員なんてやっている、しけた女だ。ただ、やつと結婚すれば、もうあと三年間、生活費を援助してやるという親父の誘惑に、俺は屈した。


「ご機嫌コウノトリ教室」——反吐が出そうなネーミングセンスだ。妊婦とその夫が、新生児の世話などについて、あれこれ学ばされるのである。

 俺はたまらず、受付でネーミングについて「如何なものか!」と文句を言ってやった。俺の隣で美恵子は慌てていたが、受付の女は落ち着いたものだった。なんでも、庄屋よりもずっとノーブルであるらしいご身分のお方が、「コウノトリのご機嫌」という言い回しを好んだことにあやかって命名したらしい。

 ふん、ノーブルが過ぎると、一周回ってスベるもんなんだな!

 仕方無く会場入りしてあぐらをかいていると、二人揃って黄泉路もとい四十路であろう夫婦が目に付いた。

「そこのおばあちゃん、大変でちゅねえ、お子さんをすっ飛ばしてお孫さんをお産みになるんでちゅかあ?」

 渾身のベロベロバーを交えて、いじってやったのだ。

「なんだ君は!失礼じゃないか!」

 ババアの夫がいきり立った。いいぞいいぞ!

 ……しかし、俺は退場させてはもらえなかった。ババアの夫は、俺へのペナルティーを係員に要求したのだが、ババア本人が、涙ながらに謝る美恵子が可哀想だからと、いらぬ温情を示したせいだ。


 とうとうその時がやって来た。女尊男卑の権化のごとき逢魔時が!

 ネット上で、「夫とは、ただ種を撒いただけなのに、たかが7kgの錘を重たがって見せねばならない哀れな生き物である」という書き込みを見掛けたが、まさにその通りだった。

 妊婦の醜悪な姿に似せて、合計7kgの錘が仕込まれたジャケットを着込み、妊婦の苦労を味わえと強要されるのである。

 だが断る!俺はお笑い芸人だ!こうなったら、ここに居合わせた全員が観客だ!

 俺は、ジャケットを装着するや否や、ラジオ体操のメロディーを口ずさみながら、精一杯飛び跳ねて見せたのだ。

 すると、年増の助産師が飛んで来た。

「ちょっと何やってんの!奥さんのお腹に宿っているのは、単なる錘じゃなくて、尊い命なんだよ!」

「へえ?だったら、高い高〜い!」

 俺はノリノリで、高みを夢見てジャンプを繰り返した。男たちよ、今こそ去勢を拒否して、野性を解き放つのだ!

 ……しかし、場の空気は好転しなかった。

 考えてみれば、錘を赤ん坊に見立てたところで、それは元々要求されている設定通りなわけで、さほど面白くはないということだろう。

 俺の脳裏に、先日テレビ観戦した、とある試合が蘇った。まるで天啓のようだった。

「今度こそゴールに突き刺さった!逆転、必殺のボレーシュートーーッッ」

 俺は、絶叫するや力一杯蹴りを入れた。

 美恵子は、声一つ立てずに倒れたのだった。

 


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