KAC20224コメディー人形の一生

@WA3bon

第1話 コメディ・お笑い

「おいコラ! 待てや! 飢えたケモノみたいなツラしやがってからに!」

 買い物で街に出たのだが、絡まれてしまった。まだ真っ昼間だというのに。

 今日は厄日だな……。ため息混じりにゴロツキに向き合う。

 だが。

「な……?」

 不覚にも驚愕の声を漏らしてしまった。

「って、ケモノはワイやないかい! いや誰が熊やねん!」

 俺の腰ほどの背丈の、白い熊のぬいぐるみ。それがピョンピョンと忙しく跳び跳ねているのだ。

 いや、ぬいぐるみではなく人形か。

 

 ここバンボラの街は人形の街だ。各地から職人が集い、そこかしこに人形が溢れている。

「マスター、かわいいです!」

 連れのノワールがくいっと袖を引く。

 ツヤのある黒髪に切れ長の眼。十才くらいの女の子、に見えるだろうが彼女もまた人形である。

 天才人形師ネロ──俺だ──の手による自動人形なのだ。

 同じ人形と言えど、白熊のぬいぐるみとは似ても似つかない。


「なんなんだよお前は?」

「よぅ聞いてくれたな。ワイはゲランや! お笑い人形のゲランやで!」

 言いながらゲランとやらはビシッとポーズを決めた。お笑いというが、何が面白いのやら?

「すごい! 面白いです!」

 ノワールにはバカ受けだが。普段無表情なのに満面の笑みで、さらにパチパチと拍手までしているではないか。


「あ! こんな所にいたのか!」

 作業着の男が駆け寄ってくると、ひょいとゲランを拾い上げた。

「すいませんね」

 ペコペコと頭を下げる男。その胸には廃棄工場のマーク。

 なるほど。潰されるのが嫌で逃げ出してきた、と。

 色々と思うところはあるし、後味も悪い。だが俺に何が出来るというわけでもない。ただの通りすがりなんだ。

「マスター……」

 ノワールが泣きそうな顔で見上げてくる。

 これで見捨てたら俺が悪者ではないか。

 ええいっ! 本当に今日は厄日だ!


「で、ワイは言ってやったんや。そりゃ醤油やないかい! ってな」

 閑古鳥の鳴く閑静な俺の工房。それも過去の話だ。

 お笑い人形の声に、それを見に集まってきた近所のガキ共の歓声。今や騒音に悩む始末である。

 カウンターの上でネタを披露するゲランの周りは文字通り爆笑の渦だ。


「すごいですね、あのゲランって子」

 赤髪の女性が感心した様子で言う。同業者のルージュだ。

「まぁな。あいつが来てからノワールも明るくなったもんだよ」

「ロッソちゃんもお気に入りですよ」

 ノワールと一緒に手を叩いて喜んでいる、薄桃色の女の子。ルージュが作り出した人形のロッソだ。

「しかしまぁ。ガキばっかじゃ商売にならねぇけどな……」

 ゲランは廃棄工場から買い取ったのだ。二万五千ゴルド。手痛い出費だ。せめて一人くらい客を呼んでくれれば……。


 カロンカロン。入り口のベルが鳴る。

 またガキか──いや、初老の男だ。ようやく客が来たか!

「あ? 町内会長さんかよ…」

 見知った顔だ。ご近所の寄り合いを取り仕切っているオッサンである。客ではない。露骨にがっかりしてしまう。

「ネロさん、今日も盛況ですな」

「ははっ……まぁボチボチってね」

 誤魔化す俺の前に、すっと一枚のチラシが差し出される。

「今度町内会でちょっとした催し物がありましてな」

 毎年近所の公園で町内会開催の祭りがあるというのだ。なるほど。それで手伝いの人足が欲しいというわけか。

 どうせ本業は暇なんだし、引き受けるのもやぶさかではない。


「ゲランさんにお笑いショーをやって欲しいのです」

「あぁ、いいっすよそんくらい」

 ん?

 いまなんて言った? ゲランをどうするって?

「本当かい! いやぁ助かったよ。ありがとうね」

 確認する間も無く会長さんは店を出て行ってしまった。

「ほほう? ワイの知らん間にワイの初舞台が決まってしまったようやな?」

「本当ですかマスター? 楽しみです!」

 ノワールはじめ、子供らは大騒ぎだ。まぁ別にいいか? 俺が何かするわけでもないし、子供には受けているんだ。流れで安請け合いをしてしまったが大きな問題はないだろう。

「ま、よろしく頼むぜ。お笑い人形さん?」

 肘で軽く小突く。しかしいつものような軽快な語り口が返ってこない。

「お、おい?」

 ゲランは力なくカウンターに横たわってしまった。


 工房の作業室。急に動かなくなったゲランの具合を見てやろうと運び込んだのだが……。

「こいつは厄介だな」

「厄介って……こんな古い部品見たことないですよ?」

 ゲランのボディ内部は古い構造で埋め尽くされていた。ノワールやロッソとは根本的に違う。

 それでもいくつか問題のありそうな箇所は特定できたのだが、部品の調達ができそうにない。

「いやいやいやいや! なんて事あらへんて! ちこっと疲れてもうただけやって!」

 当の本人はすでに元気を取り戻してこの調子である。

「なんて事あるんだよ。心臓部の部品が摩耗してもう限界だ」

 人間で言うのならば重篤な心臓疾患だ。早急な治療が必要である。


「部品が用意できるまで一時的に機能を凍結する」

 これ以上負担を掛けるわけにはいかない。だが、調達のアテは正直ない。いつまでゲランを停めておくのか? それはわからない。

「せやったらさっきのお笑いショーはどないすんねん?」

「そんなもんやってる場合じゃ──」

「そんなもんとちゃうわ!」

 ゲランの一喝。俺もルージュもその勢いに気圧される。

「ワイはお笑いに命賭けてんねん。お客さんがおるんやったら死んでもやるんや!」

 見た目は白熊のぬいぐるみだ。しかしその瞳に熱い魂が宿っている。


「分かった。俺も人形師に命賭けてるんでな。出来る限り整備はしてやる」

「わ、私もおてつだいします!」

「おおきに。さいっこうのネタで笑わしたるからな!」

 かくして町内会の祭りに向けて、お笑い人形と人形師の戦いが始まった。


「と、言いたいところなんだが……」

 整備といっても、根本的に部品がないのだ。騙し騙しの気休めに過ぎない。

 お笑いショー当日。今日までネタ作りに掛かりっきりだったゲランだが、その容態はかなり悪化していた。

「そないに自分を責めんでええわ。あんさん、ねぇさんおらんかったらもう十篇は死んでるでワイ」

 そうは言いつつも、ゲランの動きは精彩を欠いている。出会った頃の面影はない。

「なぁ。今からでも機能を──」

「そらあかんわ。言うたやろ? 命賭けてんねんて」

 もうこれ以上はなにも言えない。

「やめてぇや。そんな泣きそうなツラすんの!」

 知らない間にそんな辛気臭い顔をしていたのか。隣のルージュに至っては、もう号泣している。

「お笑いは喜劇や。悲劇やないんやで! 見ててや? ワイの最高の舞台やで!」

 ステージへ向かうゲランの背中をただ見送ることしか出来ない。


「どうも! お笑い人形のゲランやでぇ!」

 ショーが始まる。

 一体どうしてあの体でそんな動きが出来るのか? ゲランはステージを所狭しと駆け回る。

 その度に巻き起こる爆笑と歓声。

 気がつけば俺も笑っていた。笑って笑って、涙がこぼれるほどに。


「それは醤油やないかぁい!」

 町内会の祭りからしばらく。あの日のゲランが残した爪痕は大きかった。

 ノワールもゲランのモノマネに夢中である。

「マスター、本当にゲランは帰ってこないんですか?」

「ん? あ、あぁ……」

 あのお笑いショーをキッカケに、ゲランは世界進出を視野に武者修行の旅に出た。

 そう、ノワールや近所の子供らには説明してある。


 もちろん嘘だ。

 あの日、ゲランはショーを終えて舞台袖に入るや倒れてしまった。俺とルージュが八方手を尽くしたがもはやどうにもならず……。


「いや、なに死んだみたいな風に片付けてんねん!」

 軽妙なツッコミが入る。

 白熊のぬいぐるみ、だが手に乗るほどの小さなサイズ。それがピョンピョンと跳び跳ねている。


 修理できないのならば修理できる構造に作り替えてしまえばいいじゃない。

 そんな強引な発想で、ゲランの記憶データを魔道コアに移植したのだ。コア駆動型はノワールで経験した技術である。俺の天才的技術とルージュの手助けでなんとか成功した。

「ただ、急造品だからそのサイズにしか出来なくてな……」

「かめへんかめへん。いつかは元のキュートなワイに戻れるんやろ?」

 時間をかければ確かにそうだ。しかし何年かかるか分からない。なので、ノワールたちには敢えて嘘をついたのだ。


「でも、よかったんか? コアってメッチャ高いやん?」

 ゲランの修理にかかった金は……今はちょっと考えたくない。

「いや、それこそかめへん、ってやつだ」

 こいつには色々と教えてもらったからな。

 本当に命を賭けてまで自分の道を貫き通す。その覚悟ってヤツを。


「授業料と思えばむしろ安い──」

「マスター? もう生活費がないようですけど……」

 ノワールの声も、今後しばらくは豆の水煮地獄なのも。今は考えたくない。



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