第5話




 ユーランジア王国では人々の熱狂が最高潮に高まっていた。

 今日この日、千年の時を超えて勇者と聖女が誕生するのだ。


「きゃ〜勇者様〜!」

「聖女様の美しいお姿を一目でも……っ」


 皆、太陽の剣を携えた勇者と、麗しの聖女の姿を一目見たいと集まってきている。


「勇者様は黒髪の凛々しい青年だそうよ」

「聖女様は銀色の髪のたおやかな方だそうだ」


 噂で聞いた勇者と聖女の姿を想像して、実物への期待が高まる一方だ。

 しかし、予定していた時間を過ぎても勇者と聖女は現れない。

 継承に手間取っているのだろうかと、群衆はだんだん不安になっていった。

 ざわざわという声が大きくなり、聖職者達の間にも動揺が広がっていく。

 誰か様子を見てきた方が良いのではないか、という意見が出始めた頃、ようやく一台の馬車が到着し、大神官が姿を現した。


「大神官様!」

「継承は……?」


 聖職者達が固唾を飲んで見守る中、大神官は深く頷いて見せた。


「では、成功したのですね!」

「千年の時を超えて、「光の力」と「浄化の力」が受け継がれた!」

「皆の者ー! 勇者様と聖女様は御無事に継承を終えられた!」


 群衆がわああっと歓声を上げる。広場は歓喜に包まれた。


「して、勇者様と聖女様は……?」

「うむ。直に出てくるので、お前達は少し離れなさい。五メートルぐらい」


 大神官は周りを囲む聖職者達に距離を取るように指示した。


「勇者様も聖女様も継承を終えられたばかり。聖なる力に慣れるためには、なるべく人が近寄らないほうが良いのだ。集中できるからのう」

「な、なるほど……」


 聖職者達は納得して下がった。


「それから、顔を下げなさい。目線は下に、決して顔を上げないように」

「何故ですか?」

「勇者様と聖女様のご尊顔を排するなど恐れ多い」

「しかし、勇者様と聖女様のお姿を皆に披露するのが、この舞台の役割で……」

「ええい、うるさい! 頭が高い!!」

「ええ!?」


 突然キレ出す大神官に、聖職者達は戸惑った。突然怒りっぽくなる。痴呆の症状か。


「ご家族と主治医に連絡を……」

「いや、待て」


 その時、大神官の背後の馬車の扉が開き、ついに勇者と聖女が姿を現した。


「おお……お、お?」


 聖職者達は戸惑った。

 太陽の剣を掲げた勇者。なのだが、顔が見えない。フルアーマーを被って「コフーッ コフーッ」と苦しげに息を吐いている。着込んだ甲冑が重そうだ。


 勇者の後に、聖女が続く。美しい銀色の髪をなびかせて、真っ白な法衣に身を包み、白い布で口元を隠した奥ゆかしい……肩幅が広くて法衣が、ぱっつんぱっつんなのだが。


「あのう、大神官様……」

「頭が高いっ!」

「いえ、あの……聖女様、ごつくないですか? あんな感じでしたか?」

「あんな感じじゃったぞ」

「いえ、どう見ても勇者様より大きく見えるんですけど、聖女様……」

「遠近法に決まっておろう!」

「ええ……だって、聖女様……」

「切捨御免!!」

「ぐわああっ」


 食い下がる聖職者を杖で倒して、大神官は勇者と聖女に駆け寄った。


「な、何故……」


 倒れた聖職者の問いに答えることなく、大神官は群衆に呼びかけた。



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