凍てつき

@ns_ky_20151225

凍てつき

 銀河中心核方向からやってきた知的存在の心理的・文化的傾向について、いくつか相反する報告が上がっていた。それによると共通する傾向は見られなかった。

「仕方ないだろうな。我々だって複数の文化に分かれているし、反応は様々だろう」

「しかし、まったく傾向も見られないというのは初めてです」

 研究員のひとりがなんども繰り返されたことを言った。たしかにこれまで接触した知的存在はある一定の反応の型があり、それをもとにして外交方針を決めることができた。

「相手の思考の方向を把握しないことには方針が定まらない。もうファーストコンタクトの失敗は繰り返せんのだよ」

 私は議長として皆を引き締めた。他の知的存在との最初の接触後、誤解から星間戦争が始まった。なんとか和解できたとはいえ、お互い傷つき、百年たった今でも完全に回復したとは言えない。

 その反省から生まれたのが我々だった。外交方針決定のため、本交渉の前に予備的に接触し、心理的・文化的傾向を探る。そのための研究会議であり、我々はその部会のひとつである感情調査の笑いに関する小会議だった。

「もう一度整理してみよう。だじゃれは受け入れられなかったんだな? これによるとほぼ無反応だったようだが」

 会議卓を見まわす。出席者のひとりが発言を求めた。

「そうとも言い切れないのです。かれらのうち肌の赤い種族ですが、完成した塀についてのだじゃれが産卵を誘発しました。機序については調査中です」

「そうか、急いでくれ。他に、『まんじゅう怖い』の変形パターンBが非常に好意的に受け入れられたとあるが?」

 担当の研究員が答える。「はい。おどかそうという相手を騙したことに対する喝采が見られました。よくやった、胸がすく、というものです。ただ、笑いとしてはまったく理解されませんでした。一部の高齢個体のみ滑稽さを含んだ表現としてとらえたようです」

「シェイクスピアは? 『ウィンザーの陽気な女房たち』は?」次の研究員を指す。

「どのパターンでも笑いはありませんでしたが、変形パターンCにおいて、フォルスタッフに対する怒りが観察されました。しかしながら、この反応に着目し、パターンCをさらに変形したC-2ではフォルスタッフを騙す行為に対して怒りが表明されました。反応の矛盾について、怒り担当の小会議と協力したいと考えています」

「よろしい、頼む。しかし、繰り返すが急いでな。時間はない。常にだが」

 一旦休憩を宣言した。ドーナツをミネラルウォーターで流し込む。なにも分からない。そう言っているようなものだ。自分の端末の進行表を確認した。科学技術関係の研究会議は順調に進捗の棒を伸ばしていた。それに対して感情調査、特に笑い部会の遅れは相当なものだった。

 こんなの意味あるのか、とさえ思う。笑いそのものや、それに対する反応の分析は可能なのだろうか。試験的に笑いの調査を人間に対して行ってみたところ、分析用の人工知能が論理破壊されたと言う噂がまことしやかにささやかれていた。

 またドーナツをつまむ。私は傷を負っている。私だけじゃない。この部会のメンバー全員だ。この仕事の職業病のようなものだろう。その意味では皆この仕事によって心の一部が凍てついてしまったのだ。もうぴくりとも動かない。それでも、やらなければならない。やらずに誤解を生じた結果があの星間戦争であり、地球の癒えない傷だ。

「さあ、始めようか。次の報告、映像表現だったな。『8時だョ! 全員集合』への反応分析はまとまっているな」

「まとまっております。が、その前に視聴させたデータをご確認下さい」そう言って、研究員は動画を流し始めた。

 豪華なセットが崩れていく。しかし、会議のだれも笑わない。そう、我々はどのようなお笑いにも心動かされることはない。なにもおかしくない。そうなってしまったのだ。

 畜生、笑いってなんだ?


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