逆転の発想

NADA

お笑い

「 いや、だからマジでトランスミューターなんだって!」

斜め前に座る濃い顔の男、みつるは机を叩きながら主張した

まだビール一杯とチューハイ二杯目を飲んでいるところだが、だいぶ出来上がっている

「わかった、わかったけど…」

ぬるくなったビールを一口飲んで、義人よしとはゴメン、無理と頭を下げた


みつると義人は高校の同級生だった

今はもう、お互いに社会人として働いている

みつるは、地元の食料品を扱う会社の営業社員として仕事をしながら、お笑い芸人になる夢があり活動している

高校を卒業する前に、コンビを組まないかと誘われたが、義人はそんなつもりは全然なかったので断った

その後も、ことあるごとに冗談っぽく何度も誘われたが、相手にしていなかった

今日は、みつるの相方がお笑いをやめる決断をしたことにより、義人にもう一度本気で芸人にならないか考えてほしい、と相談してきたのだ


トランスミューターとは、地球を笑いで救うためにやってきた宇宙人のことらしく、みつるいわく義人がそうらしい

確かに宇宙人みたいに自分は変わってるとは思うけど、お笑いの才能があるとは思えない


義人は大学時代から続けている本屋のバイトをしながら、小説を書いていた

今の生活でいいのかと聞かれたら、よくはないけど30才くらいまでは書きたいと思っていた

まだ、納得のいくモノが書けていない

小説を書きながらでいいからと、みつるは言うが、そんなに器用じゃない


もう一軒行くぞ、と騒ぐみつるをなだめ義人は帰路についた

次の日、久しぶりの丸一日休みなので、義人は前から行きたかった最近評判の唐揚げ専門店に向かった

一番人気の三色唐揚げセットを頼んだ

プレーンと辛いのと明太子味

まずは基本のプレーンから、と唐揚げを箸でつまんで大きな口を開ける

唐揚げが落ちて、カウンターに転がり、床に落ちそうになるところを手で必死にキャッチした

誰も見ていなかったかなと、後ろを振り返ると、小さな子を連れた家族の若い母親とばっちり目が合い、ぷっと笑いをこらえられた


いつもこんな調子だ

笑わせるというより、笑われる

それが才能だというなら、才能はあるだろう

しかし、芸人として笑わせるのはそんな簡単なことじゃない

何もなかったように、プレーン唐揚げを食べながら、義人は思った

明太子味が一番うまかった


店を出ると、道に迷ったおばあちゃんに声をかけられた

義人は、柔和なタレ目で丸顔のせいか、知らない人によく話しかけられる

おばあちゃんをバス停まで案内すると、これお礼に、と商店街のくじとあめ玉を二個くれた

ありがとう、と頭を下げるおばあちゃんに手を振って別れた


どうせ暇なので、商店街をぶらぶらと散歩していると、くじ引き抽選会の前に来た

さっきもらったくじのようだ


くじを渡すと抽選箱から一枚ひいて、と差し出された

商店街のおじさんが三角くじを開くとおっ、三等だよと笑う

机の下から何やら紙袋を取り出すと、はい、おめでとう、と義人に渡した

ありがとうございます、と何だろうと紙袋を見ると、宴会福袋と書かれている


その名前からおおかた予想はしていたが、家に帰って袋の中身を出してみると、鼻眼鏡と蝶ネクタイ、小さめのハリセンと宇宙人のお面が入っていた


義人は、はぁ~、とため息をついた

お笑いをやるための宇宙人セットだよ、これ…

こんなこと、あるだろうか?

偶然なのか?


小説を書くことに、行き詰まりを感じていた

自分にできるなら、世のため人のために何かをしたい、とずっと思って生きてきた


もう、これは、やってみろってことだよな

何がどうなれば、偶然お笑いセットが手元にくるのか?

芸人への誘いを本気でされた翌日に…


高校の文化祭で、みつるに無理矢理やらされた漫才

めちゃくちゃ、うけてた

すごく、楽しかった

皆が笑顔で喜んでくれたのを、今でも覚えてる


義人は、携帯でみつるに電話をかけた

すぐに電話に出たみつるが、ありがとー!と大声で答えた

「俺、まだ何も言ってないけど?」

笑いながら義人が言うと、みつるは電話越しにゲラゲラと笑った








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逆転の発想 NADA @monokaki

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