聞くんじゃなかった

 それはともかく国際問題は、


「心配せんでもエエ、ここは日本や」

「そういうこと」


 外交官には外交官特権があり、刑事裁判権、民事裁判権、行政裁判権が免除されるそうだけど、


「逮捕はされへんけど、犯罪者が大手を振って歩けるわけやない。そりゃ、国の同意があれば引き渡されて逮捕だって裁判だって出来るからな」

「証拠を握っているから、ウィーニスも事を荒立てられないってこと。拉致誘拐監禁は日本でも重罪だよ」


 日本でも外交官が犯罪を起こしたことがあり、逮捕はされなかったけど、コソコソと母国に逃げ帰ったそう。ウィーニス伯爵もあの乱闘騒ぎを表沙汰にすれば、返す刀で拉致監禁がブーメランのように帰って来ることになるらしい。


 それでもお母ちゃんの白昼堂々の拉致監禁や、ユリを威嚇射撃までして追いかけられた理由がわかった気がする。あれは外交官特権を振りかざしていたんだ。でもそれをいつわかったんのだろう。


「簡単よ。下呂に行く時にナンバーを確認しただけ。外交官ナンバーは青字に白文字だし、調べたらどこの国のものかなんてすぐにわかるんだよ」


 だからユッキーさんはあの時に後ろを走っていたし、ユリがどこの国とトラブルを起こしているのかわかったんだ。えっ、じゃあ、ユリの正体も。


「まあそうなんだけど、あれも噂みたいなものだったから、事実関係を確かめるのに少し時間がかかったかな」

「北白川先生、手間賃代わりに馴れ初めを聞かせてくれたら嬉しいな」


 お母ちゃんは一呼吸おいて覚悟を決めたように話し出した。ユリも初めて聞くお父ちゃんの話だ。


「カールは・・・」


 そんな名前だったんだ。なんかポテチみたいな名前だな。それは言い過ぎか。そのポテチじゃなかったカールだけど、当時はエッセンドルフ侯爵だったって。エッセンドルフは公国だから王様が公爵なんだけど、公太子は侯爵になるそうなんだ。


 このカールだけど熱狂的な日本のアニメ・ファンで、好きが嵩じて留学までしたって言うから病気だね。そんなカールが出会ったのがお母ちゃん。やがて二人は恋に落ちて結ばれユリが出来るのだけど、これって留学先のアバンチュールみたいなものじゃない。


「ユリの言う通りかな。熱中しすぎて妊娠しちゃったものね。それで問題になったのよ」


 そりゃ、なるでしょ。そうなったら、


「カールは結婚しようと言ってくれたけど、気が乗らなくてね」


 でもでも、結婚すれば次期公爵夫人じゃない。現代版のシンデレラ・ストーリーになってたかも。


「そうは言うけど、エッセンドルフはドイツ語だよ。それにそんな家に嫁いだら、どう考えたってロクな目に遭わないじゃない」


 あれか、旧家の嫁イジメみたいなもの。


「もっと酷いんじゃないかな。あっちの東洋人の扱いなんて、心の底ではイエロー・モンキーだもの」


 う~ん、いかにもありそう。


「それとカールにはフィアンセもいたんだよ。日本留学が終われば結婚の予定。そんなとこに出来ちゃった婚で押しかけて良いことなんてあると思う?」


 思えないな。お母ちゃんは学生の時から既に北白川葵で本が売れてたから、経済的には問題もなかったからシングル・マザーになる決断をしたで良さそう。


「でも、こんな事になるなんてね」


 カールは帰国してから結婚しているのだけど、お妃との間に息子が生まれたんだって。これを知ったお母ちゃんは、


「ユリは長子になるけど非嫡出子じゃない。非嫡出子は継承順位で嫡出子の下に回るのがあの国のルールなんだよ」


 なんだよそれ。人をバカにし過ぎてるよ。


「まああそうだけど、カールに子どもが出来た時点でユリはエッセンドルフと縁が切れたようなものになる」


 ちなみにユリがエッセンドルフに行けば男爵だってさ。これだって嫡出なら子爵だけど、非嫡出だから一段下がって男爵だそう。継承順位を明らかにするのが目的だとかなんとか。どっちだって構わないけど、見ず知らずの、言葉も通じない国で男爵になるより日本で自由に暮らす方が良いよ。


「そう思ったからカールのことも、エッセンドルフのこともユリには話さなかったんだよ。そもそもフィアンセがいるのに女遊びするような男だし」


 そこ、そこだよね。だいたいだよ、本気でエッセンドルフにお母ちゃんを連れて帰ってお妃にするつもりなんかあったのかも疑問。


「ああそれね。そんな気はなかったと思う。私がエッセンドルフに行きたくないって言ったら、渡りに船みたいにアッサリ了承したものね」


 ク、クソ親父。ホントにダッチワイフみたいにお母ちゃんをポイ捨てしやがったんだ。お母ちゃんもよくそんな男に、


「あははは、若気の至りってやつよ。やっぱりさ、白人の彼氏って格好良いし、自慢できるじゃない。そのうえ侯爵だしお金持ちだもの」


 レ、レベルがクソ親父と変わらん。まさに割れ鍋に綴じ蓋みたいなものじゃない。


「そうは言うけど、ユリだってそんな二人の娘じゃない」


 うぅぅぅ、この体に流れる血が呪わしい。ところがユリの立場と言うか存在が変わる事件が起こる。カールの跡継ぎ息子が難病になって亡くなってしまったんだ。


「でもさぁ、カールのことだからお妃相手でも、愛人作っても、また次の子どもを量産してると思ったんだよ。つうか、あのカールが一人しか子どもを作らないなんて夢にも思わなかったんだよ」


 クソ親父は種馬か!


「あら、貴族みたいなカビの生えたような古臭い家の当主なんて、跡継ぎを作る種馬みたいなものよ。だからとっても強かったのよ。たしか一晩の最高記録は・・・」


 あのなぁ、どんだけやりまくってるんだよ。ユリなんて自慢じゃないけどまだなんだ。


「カールが強すぎたからユリが出来ちゃったのよね」


 耳を塞ぎたい。燃え上がり過ぎたお母ちゃんとカールは、ふと気づくとコンドームがなかったんだって。それとベッドでの生々しい描写はやめろ。


「買いに行かなかったの」

「これからユリも経験すると思うけど、ああなると中断できないのよ。生でやりまくりに突入した」


 あのね。土曜日の夜にコンドームが切れて、日曜日も生でやりまくりってサルか。


「緊急避妊薬は?」

「あれも買いに行く時間が惜しくて」


 月曜もそのままの勢いで突入って、どんだけ。そこまでやりまくるのなら、ピルを使えよ。


「切らしちゃったのよね」


 あのね。ピルを切らした直後って一番妊娠しやすいぐらいはユリでも知ってるぞ。


「それでユリが出来たんだ」


 の、呪わしすぎる。こいつら快楽に頭を麻痺させ切って、なんも考えずに生でやり放題しやがった結果がユリだって。骨髄移植してでも血を入れ替えたい。


「だから、若気の至りって言ったじゃない。誰だってそんな経験ぐらいあるはずよ」


 誰だってはない。いや、ある方が少ないはず。それにしても母親だろうが。娘にそこまでモロの話を聞かせなくとも。


「モロの話ならユリも読んでるじゃない。私の作品のセックス描写はカールとの経験部分が多いのよ」


 聞きたくなかった。あれって、実の父親と母親のエッチ描写だったんだ。ホントにあんなに感じたの。


「そりゃ、感じたわよ。だからコンドームより優先したし、ユリも生まれた」


 言うな! エロ小説家を母に持つと、これぐらいの話がごく普通に出てくるのが嫌だ。

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