二人の推理
「エライ目に遭ったな」
「ホントに」
ビールを片手に言うな。でも不思議なんだよ。あれだけの騒ぎがあったのにニュースにもなってないらしい。
「これはニュースになってないのを不思議がるんやのうて、ニュースになってない意味を考えるんよ」
「そういうこと」
どういうこと? 相手がヤーさんとかマフィアだからマスコミも報道できないとか。
「ここは日本だよ。普通ならワイドショーとかで取り上げまくるし、警察だって動きまくるはずよ」
どうやって調べたかはわからないけど、警察の動きも鈍いと言うか、動いている気配もなさそうだって。そんなバカなことがあるものか。お母ちゃんは拉致されたし、白昼堂々の発砲だって起こっているのよ。
「マスコミと同じや。警察も動きにくい何かがあるってことや」
それってどういうこと。国家権力にユリたち母娘が追いかけられてるとか。そりゃ、お母ちゃんは風紀的には宜しくない小説を書いてるかもしれないけど、でも違法行為はやっていないはずで善良なる市民のはずだ。
「結果的にユリがスマホを家に忘れてラッキーだったかもね」
「そういうことになりそうやな」
はぁ?
「単純なことや。ターゲットはユリや」
ユリが? どうして、誘拐して身代金を取るつもりだとか。そりゃ、お母ちゃんは稼いでいるはずだけど、
「誘拐みたいなもんやけど、身代金目的やあらへん。母娘で攫ってどうやって身代金を取るんよ」
それもそうだ。ユリの家はシングル・マザーの二人暮らし。身代金目的ならユリを攫ってお母ちゃんに身代金を持って来させないと話にならない。
「ユリの家を襲ったのはユリを拉致するためね。でも、ユリがいながったから、代わりにユリのお母さんを拉致したのよ」
「最初からセットの予定やったかもしれんが、本当のターゲットはユリや。そやな、ユリを取り逃がしたからお母さんは絶対になったんやろ」
どういうこと、
「簡単なこっちゃ。お母さんを人質にして呼び出すのはポピュラーな手段や。ほいでやが、どこまで追いかけられた?」
どこまでって。必死だったから正確には覚えていないけど、名神に入る頃には見えなくなっていた。
「あいつらかってクルマでバイクを追いかけるのが無理やってわかったんやろ。でもユリはスマホを持っとらへんやんか」
なるほど、お母ちゃんを人質にしてユリを呼び出す作戦に切り替えたものの、連絡の付けようがなくなったわけか。そうであればお母ちゃんは無事だよね。
「そりゃ、そうや。殺したりすればユリをおびき出す手段がなくなるやんか」
「でもね、昨日捕まっていたら危なかったかも」
「あの場ではやらへんと思うけど」
ちょっと待ってよ。昨日の襲撃はユリとお母ちゃんを亡き者にするためなの? どうしてそんな目にユリが遭わないといけないのよ。
「そんなもん結果から明らかやろ。あいつらは白昼堂々の拉致をやらかしとるやんか」
「そういうこと。それだけのリスクを負ってもやるだけの価値があったってこと」
それにしても話がどこかおかしい。ここは日本だよ。あんな犯罪が許されるわけないじゃない。今からでも警察に保護を・・・
「現時点では警察はアテにならへんと見るのが正解やろ」
「警察だって怖いものはこの世に存在するのよね」
おいおい、ユリが相手にしているのは日本の首領とか。それとも国家的犯罪に巻き込まれているとか。小説ではよくあるシチュエーションだけど、現実に起こる方がおかしいじゃない。ユリは断じて善良なる市民だ。
「社会はユリが考えるより複雑やで」
「そういうこと。どこでどんなつながりがあるかわからないもの。事実は小説よりも奇なりって言うでしょ」
現実はコトリさんたちの言う通りにも思えない事もないけど、どうしたら良いのだろう。お母ちゃんは拉致されたままだし、ユリだっていつまでも逃げ回れない。やっぱり警察?
「言うたやんか。現段階では警察も動かへん。この情報は信じられるもんや」
そんなこと言われても、このままじゃ、
「ユリ、こういう時は焦ったら負けや。ここまでは相手に押されまくってるけど、チャンスを捕まえて反撃に出るんよ」
「あっちだって、焦ってるよ。肝心のユリを取り逃がしてるからね。それにあいつらも持ち時間が無限ってわけじゃない」
はあ、
「問題を解決するには、原因を確定せなあかん。その原因を解消する戦略と戦術が必要や」
でも何の手がかりも、
「ああそれか。だいたいわかった」
そんなこと言ってたけど、
「ユリ、よく聞いてね。わたしたちは旅の仲間よ。それをまず信じて欲しい。この問題を解決するにはユリの決断が必要よ」
「そこまでの段取りは付けたる。そこでどの道を選ぶかは自分で決めてな」
決めろって言われても何を決めるのよ。タダの女子大生が何を決めろって言うのよ。そしたらコトリさんは訝しそうな顔をして、
「ユリ、ホンマに何も聞いとらへんのか」
「お父さんのことよ。ここまで来たら話してくれても良いでしょ」
父親? 白人の男であるしかわからないよ。これだってユリの容貌がそうだからだけ。お母ちゃんは余程話したくないみたいで、そもそも生きているのか、死んじゃったのかも知らないぐらいだもの。
ユリはお母ちゃんにとって父親はその程度の存在とずっと思ってた。そうだな、一時は熱狂的な恋に落ちたものの捨てられたぐらいかな。だから家はシングル・マザーなんだ。下手すりゃ、行きずりのアバンチュールで出来ちゃったもありそうなぐらい。あのお母ちゃんならやりかねない。
「コトリ、ホントに知らないみたい」
「そうみたいやな。これはちょっと計算外やった」
つうか、どうしてこの二人は知ってるのよ。
「それは商売の都合や」
どんな商売でどんな都合だよ。
「知らへんのやったら、知らんままの解決の方がエエやろか」
「う~ん。でも、ここまで話しちゃったよ。これじゃあユリが納得してくれないよ」
ユリになにか秘密があるの。いや、絶対ある。なければこんな目に遭うはずがないじゃない。
「失敗やった。まさかまさかやった」
「そこまで秘密にしてたなんてね。でも、やっぱりユリは知るべきだと思うし、知る権利はあるよ」
そこからコトリさんたちはユリに向き直り、
「ユリのお母さんがそこまで伏せたのには理由があるはずよ。きっとユリには知らずに育ち、知らずに暮らして欲しいと願っていたはず」
「お母さんも見込み違いはあったんやと思う。そやからホンマはお母さんから教えてもらうべきやけど、おらへんからコトリたちから話すことにする。心して聞いてや」
聞きながらユリは信じられないとしか感想が出なかった。そんな事が現実にあるなんて、昔話か小説の中だけじゃない。
「すぐに信じられないかもしれないけど、これを踏まえて明日は動くからね」
「考える時間が少ないのは悪いと思うけど、そういう宿命になってしもたぐらいで答えを出してくれるか」
ユリの頭は大混乱も良いところだけど、
「ところでコトリさんたちは何者なんですか」
「だから言ったでしょ。旅の仲間だって」
それは聞いたけど、行きづりじゃない。
「わたしもコトリも長い旅を続けてるの。ユリなんかには想像も出来ない程、長い長い旅をね。旅の途中での出会いはわたしもコトリも大事にするの。とくに旅の仲間になってくれた人にはね」
わかったような、わからないような。
「旅の仲間を守るためには全力を尽くすわ。それが今のわたしとコトリの旅の目的だから。守るためには命だって惜しくないよ」
「あははは、そういうこっちゃ。旅の仲間を守るために死ねるのなら本望や。そこまでは行かんやろけど、それぐらい本気と思ってくれたら嬉しいわ」
まだ二日目だけど、この二人が信用できるのだけはユリでもわかる。でも最後の決断はどうすれば良いのだろう。
「難しゅうに考えんでもエエで。自分のためだけを考えたらよい時代や」
「そうよ。あれこれ立場を考えないといけない時代じゃないのだから」
そうは言われても、こんな事を信じるのも大変すぎる。
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