ウィーニス伯爵

 公爵家でも後継問題が起こってるけど、その前に一騒ぎあったのがデューゼンブルグ家なんだよ。まず先々代のデューゼンブルグ家のルドルフ伯爵だけど、娘が三人だったんだ。この娘の誰かに継がせるのが順当になるのだけど、先々代伯爵は男系を重視して弟のフリードリッヒに継がせることにしたんだよ。


 だけど弟と言っても三つ違い。この歳の差じゃ、どっちが先に死ぬかわかったもんじゃない。だからだと思うけど、さらに一代下ろしてフリードリッヒの息子を跡継ぎにする話になったぐらいだよ。この辺は日本の皇室と違って辞退が出来るからね。


 フリードリッヒ子爵の息子は三人。長兄が伯爵後継者になったのは良いとして、次兄は他の王室の養子になってるんだ。他の王室や公室でも後継者不足は多くて、姫君の種馬になったってこと。貴族も辛いところがあると思ったよ。


 ここで末弟がウィーニスになるのだけど、ウィーニスはハインリッヒ子爵夫人の子どもじゃないんだよ。ハインリッヒ子爵が侍女に手を出して生まれた庶子になる。たく貴族でも男は変わらなないよね。


「貴族だからなおさらじゃない」


 日本なら非嫡出子であっても法律上の権利は同等だけど、エッセンドルフ公国では違うんだ。ウィーニスは子爵の子だから男爵になれるはずだけど、庶子だから一爵下がってナイトに留まることになってる。


 ナイトはエッセンドルフ公国の最低爵位だけど、ナイトの子どもになると貴族から離れることになる。ここも微妙だけど元貴族みたいな扱いかな。さらにナイトになると公爵家だけではなく伯爵家の相続権も失うことになる。


 ただし、ここから話がキナ臭くなる。長兄は伯爵家の後継者になり結婚をし、さらに伯爵になる。子どもにも恵まれて息子が二人に娘が一人。ところがここで悲劇が起こる。伯爵夫人と子ども三人が海外旅行に出かけたんだ。


「あの事件は日本でも報道されたよね」


 伯爵夫人と三人の子どもが乗った飛行機が墜落事故を起こしたんだよ。それもあれは爆弾テロだったと判明してる。


「だけど犯人も不明だし、犯行声明すら出なかったのよ」


 犯行声明は出たのは出たけど、その団体から直ちにそれを否定する声明が出されたものね。これで困ったのはデューゼンブルグ家になるけど、それでも長兄である伯爵が再婚して、新たな跡継ぎを作ればなんとかなるはずだったけど、悲しみからか発狂してしまうんだよ。


「あれも不自然なところが多くて、発狂直前までは悲劇を受け止めながらも毅然とした振る舞いをしてたんだよ。それが翌日になって発狂して執務が取れなくなったと発表されてるのよね」


 発狂する前日まで正気に見えても不自然とは言い切れないけど、前日に伯爵に会った人物の印象からするとモヤモヤするものが残るぐらいだそう。当主である伯爵が発狂となると再婚から跡継ぎ誕生なんて夢物語になる。


 そのためにウィーニスはナイトから男爵に栄進することになる。血筋的には一番有力だから緊急避難的な措置だったのかもしれない。男爵になり相続権を得たウィーニスはそのまま伯爵家の後継者になり、さらに発狂した伯爵に代わり執務代行になっている。


「その翌月には伯爵は急死するのよね」


 日本では報道されなかったけど、エッセンドルフ公国内では大騒ぎになっている。それ以前から燻っていたようだけど、伯爵夫人と三人の子どものテロによる死。さらに前伯爵の突然の発狂からの急死。


「こういう時の推理の基本みたいなもので、誰が最大の利益を得るかがミエミエだからね」


 憶測は憶測を呼ぶのだけど、前伯爵は発狂と発表されてから一度も人前に姿を現していないんだよ。これも発狂した姿を見せたくないで説明可能だけど、前伯爵発狂事件の少し前から伯爵家にウィーニスが乗り込んできてるのは事実なんだ。


 これだって、一挙に伯爵家の後継者が不在になった事態だから、ウィーニスが有力後継候補として存在感を増したぐらいで説明可能だけど、


「あれでしょ。ウィーニスが前伯爵を監禁した上で殺したんじゃないかって噂」


 そういう噂は飛び交ったなんてもんじゃなかったようだけど、警察は動かなかったんだ。この辺は警察が公爵家の直営であり、さらに警察の指揮は伝統的にデューゼンブルグ伯爵家の指揮によるってのはあると思う。


 貴族だって罪に問われることはあるけど、余程の確たる証拠がないと動かないと見て良さそう。いや、相当な証拠があっても伯爵ともなると滅多なことでは手が出しようがないのが実相でよいと思う。


 このデューゼンブルグ家と警察の関係は当然のように飛行機テロ爆破事件との関連として囁かれている。エッセンドルフ公国も銃とか爆発物の規制は厳しくて、その中で比較的入手しやすいのが警察になる。そりゃ、警察イコール軍隊の国だからね。


 さらにウィーニスはナイトの頃から警察に勤務していて、今やトップなんだ。ここだけどエッセンドルフの貴族は子爵ぐらいなら有閑階級も不可能じゃないけど、男爵以下になると現業で働くのが慣例だそう。


「ウィーニスが関連していた部署が特殊勤務部隊だったし」


 規模が小さいからレベルもそれなりと言え、警察と言うか軍警組織の中の精鋭部隊を率いていただけでなく、はっきり言えば私兵化しているで良いと思う。とにかくウィーニスの伯爵就任はスキャンダルまみれの一面があるのだけど、


「マウレン伯爵家もスキャンダルよね」


 ボート遊びの最中に転覆事故を起こして伯爵が溺死してるんだよ。これについては純然たる事故死と見ている人が多いようだけど、代わって伯爵になったのが娘のソフィアだ。


「年功序列のダメ押しになったぐらいだよ」


 公爵まで病に伏せる事態になり今やウィーニスが摂政になっている。もう次期公爵は決まったようなものだけど、


「さすがに反発は多いよ」


 公爵になるには貴族会議の承認が必要になっている。これだってそれなりに成人している息子でもいればお儀式程度のものだそうだけど、公爵家の直系の相続者が絶え、伯爵家から迎えるとなると様相が変わるでよさそうだ。


 ウィーニスへの反感はスキャンダルだけではない。つうか、スキャンダルが上乗せされているようなものだけど、庶子のナイトごときが公爵なんて許せないの感情があるで良さそう。


 要は成り上がり者への反感。こういうのはどこの世界でもあるけど、貴族社会ではより強いはずだし、成り上がりの過程も嫌悪感が出てるぐらいかな。とはいえ、


「マウレン家のソフィア伯爵にするのも無理があるのよね」


 摂政にまでなっているウィーニスを退けての決定はいくらなんでもみたいぐらい。そのためか貴族会議の招集は順延状態のままらしい。さすがのウィーニスも貴族会議が平穏なシャンシャンにならない観測をもっているぐらいかもしれない。


「それでも見ようによっては、実力者と言えるんじゃないですか」

「剛腕ではあるけど、方向性が権力欲にしか見えないのよね」


 エレギオンHDからすれば誰が公爵になろうがあんまり関係ないのはある。問題は公爵になった人物が国をどう導くかだけ。さらに言えばエッセンドルフ公国との利害関係も薄いところがある。


「そんなことないで。資金還流でエッセンドルフの利用価値は高いからな」

「よく言うよ。使えなくなった時の対策はもう済んでるでしょ」


 コトリ社長の稀代の策士の異名はダテじゃない。とにかく動き出すのが異常に早いんだよね。世間の早見え連中のアンテナに触れた頃には対策を終了しているぐらい。


「そりゃそうや。戦いは先手必勝が鉄則や。後手なんか踏まされたら、どれだけ被害が出る事か」


 コトリ社長の先手必勝とは先に動くことで主導権を握り続ける事を意味するんだよ。戦いで主導権を握れるかどうかはまさに生死を分けるもので、


「個人格闘技やったら、後の先とかもあるし、攻め込ませといての返し技も成立するけど、集団戦はそうはいかん。そんな曲芸みたいな戦術や戦略が成功するのは稀やし、成功しても向こう傷が大きいねん」


 そんなコトリ社長からエッセンドルフ公国を見ると、


「ウィーニスは九分九厘の勝利を握ってるわ。そやけど貴族会議を順延させてる意味を考えなあかん」


 それは異論反論が出るからじゃ、


「出ても貴族会議の承認さえ取れば終わりや。ゴチャゴチャ言われても平気なのは今まででもわかるやんか。そやから貴族会議を開かれへん大きな理由があるはずや」


 大きなって言われても、


「反ウィーニス派は切り札を握ってるのかもしれん。これも変やな、切り札の存在を知り、それを手に入れようとしてると見てる」


 ウィーニスはそれを知っているのかな。


「知っとるんちゃうか。ああいう家では公然の秘密みたいなものはようあるんよ。そやからウィーニスも切り札を抑えようとして躍起と見てるわ」


 水面下の切り札争奪戦が展開してるとか。


「そんな気がする。もっとも他所の国の話や。当たるも八卦、当たらぬも八卦と聞いといて」

「そうよね、わたしたちには無関係だものね。誰が新公爵になっても、それでどれだけの利益を引き出せるかだけ」


 こういうとこはコトリ社長もユッキー副社長も極めてドライなんだよな。コトリ社長の先手必勝は鉄則みたいなものだけど、待つことも良く知ってるんだもの。その待つは半端な時間じゃなく、まさに永遠の女神感覚なんだよ。


 たとえばウィーニスが厄介な人物ですぐには排除できないとなれば、平気で死ぬまで待つんだもの。人と寿命勝負したら絶対に負けないものね。


「そういうこっちゃ。焦って勝負を仕掛けるのは愚の骨頂やで」

「そうそう、世襲でなくとも優れた指導者なんか滅多なことでは三代続かないもの」


 凡庸な人物に率いられたのを見計らって勝負に出るんだものね。女神に喧嘩を売っても人じゃ絶対に勝てないのだけはよ~くわかる。


「ところでやな今日の本題やけど」


 へぇ、今度は飛騨にツーリングに出かけるのか。


「信州は?」

「さすがに遠いわ。だいぶ考えたけどあきらめた」


 あのバイクじゃ高速走れないものね。飛騨も近いと言えないけど、どうやって行くのだろ。

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