冑の下の蟋蟀は舌鼓を打てるか?
アカニシンノカイ
むざんやな……
ふらりと私が入った食堂は、奇妙な店だった。昭和の雰囲気が色濃く漂っている。
混雑していてもおかしくはないお昼時だというのに、私の他にお客様はたったの一組だけ。道路に面した窓側のテーブルで、三人の少女たちが談笑している。全員、舞妓のような振り袖姿だ。冷たい戦慄めいたものが背筋に走るほど美しい。
「月代姉ちゃんのにふりかけてあるそれは?」
「花やない?」
「なんの?」
「なんのて、萩にきまったるやないか」
賑やかというよりは騒々しい。どことなく顔立ちが似ているので、ひょっとすると三姉妹なのかもしれない。
(さて、なにを頼むとするか……)
黒い表紙のメニューを開いて驚いた。独特のネーミングのものが並んでいる。なかには、どんな料理なのか、まったく想像つかないものさえある。
(“ミノスイグウ”? どこの国の料理だ?)
思わず手にしたメニューをさかさまにしてしまった。だが、そんなことをしてもどんな料理かわかるはずもない。
壁に貼ってある短冊にも、くせのある名称が並んでいる。
“八つ墓ステエキ”や“ソウセイジは囁く”あたりはまだいい。肉料理であることは想像がつく。
“三つ首うどん”や“幽霊男そば”は、うどんと蕎麦だろうが、どんなトッピングなのか気がかりだ。
“七つのラーメン”と“ラーメン舞踏会”はどちらも量が多そうで怖い。それに今は麺類の気分ではなかった。
“悪魔の手毬寿司”は手毬寿司なのだろうが、やはり悪魔が気がかりだ。おそらくは激辛程度で、まさかヤモリやイモリやトカゲの寿司ではあるまい。だが、万が一ということもある。
“悪霊丼”や“三つ首丼”になると、丼ものであること以外、なにもわからない。
“病院坂定食”か“迷路荘定食”、このあたりが無難だろうか。“本陣定食”が一番、まともそうだが、油断は禁物だ。
迷う、というか困っていると、ガラッと入口の扉が開く音がした。誰か来たらしい。カツカツという足音がすぐにやみ、椅子を引く音が続いた。
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