妖精のスープ

mawmii

第1話

ご存じでしょうか?

みなさんのお住まいの家には妖精がいるのです。


その妖精はみなさんの目には見えません。

けれど、ベッドの下に、食器棚の奥に、

仕舞い込んだままの健康器具の段ボールの中に。

自分達の住処を作って。みなさんの生活を見守っています。


ここはとある田舎の、夫婦2人が暮らす家。

その家の屋根裏には、妖精の娘とその母親が住んでおりました。



「〜〜〜♪」

お昼時に、その家の奥さんが台所に立って料理をしていました。

鼻歌を歌いながら、機嫌よくキャベツを切っています。


かたわらの小さなテーブルにはタブレットが置かれ、

料理を作る男性の映像が流れています。


その映像の男性が面白い行動をとりました。奥さんはクスリと笑います。

なぜだかその時、自分とは別の優しい何かが近くにいて、

同じくクスリと笑ったように、彼女は感じるのでした。



そう。そこには妖精がいました。

妖精は奥さんの作る料理が大好きで、奥さんが料理を始めると近くにやって来て、

いつも出来上がった料理を少しだけ頂いていました。


オリーブオイルでニンニクを炒める、香ばしい匂いが辺りに漂います。

妖精は早く食べたくてソワソワしています。


手早く炒めて塩胡椒を振って、美味しそうな料理が完成しました。

すると、妖精は早速奥さんの目を盗んで、

少しだけそれを手に取ると、天井裏の自分の棲家へ帰って行くのでした。



「たっだいまー」

妖精がパタパタと羽を動かして、ふわりと入り口に着地します。


「おかえり。またご飯をもらってきたのかい?」

妖精の声を聞いて、妖精の母親が奥から出てきます。


「うん! ねえねえ今日面白いもの見ちゃった!」

「面白いもの?」

続きを促す母親に、妖精は我慢できないという風にニヤニヤとしながら返します。


「奥さんが動画見てたんだけどさ! 酔っ払いながら料理作ってる変な男がいてさ。

 そいつリョウリと自分の名前うまく言えてないの!」

「あら、それは変な男だねぇ。そんな人に料理なんかさせて大丈夫なのかしら……」

呆れたように母親は言います。

「料理は上手かったよ、でもバカっぽかった。私ああいうの好きだなー」

「そうかい。好きなのはいいけど、恋人にするならちゃんとした人を選ぶんだよ……」

母親の心配をよそに、妖精は楽しそうに笑っていました。


それから妖精とその母親は、頂いたキャベツとお肉の炒め物を食べました。

それはたまらなくいい匂いがして、シャキシャキとした食感と、

肉の旨味が広がるとても美味しい食事でした。

「美味しいー♡」

「ほんとう。美味しいわねぇ」

お腹がいっぱいになった2人は幸せな気持ちになりました。

「頂いてしまった分はちゃんと恩返しをするんですよ」

「はーい」

母親の言葉に、妖精は満面の笑顔で答えました。



それから、その家の奥さんは動画をみて料理を作るたびに、不思議な感覚を感じていました。

自分とは別の何かが、動画をみて笑っているような気がするのです。

けれどその何かはなぜだか優しい感じがして、怖くはありませんでした。


夕飯を食べながら夫にそのことを話すと、

この家には、昔から妖精がいたらしいという話をしてくれました。

奥さんはその話を信じて、きっと料理の動画を気に入っている優しい妖精がいるのだろうなと思いました。



ある日の朝。奥さんが旦那さんに尋ねました。

「あなた。今夜はどんな料理が食べたい?」

仕事に出かけようとしていた旦那さんは少し考えて、

「そうだな。最近味付けの濃いものが多いから、たまにはヘルシーなものがいいな」

と答えました。

「ヘルシーなものね。分かったわ」

奥さんは、うーんと考えます。

そういえばそろそろ季節の山菜が芽を出し始める頃です。

よし。と、奥さんは裏の山に山菜を採りに行く事にしました。



軍手やスコップ、ビニール袋を持って奥さんは出かけます。

それを見ていた妖精は、これはチャンスだと思いました。

貰っているご飯の恩返しをするいい機会だと思ったのです。


裏山に向かって歩き始めた奥さんの後について、妖精はパタパタと飛んでいくのでした。



裏山にたどり着いた奥さんは、山道を歩きながら山菜を探し始めます。

いつもならなかなか見つからないのですが、その日は様子が違っていました。


——これこれ、ここに山菜があるよ。


なんとなく、呼ばれたような気がして、

足を向けて草を掻き分けるとそこには群生する山菜があるのです。


——これこれ、これが美味しいよ。


また、なんとなく呼ばれた気がして、

そこを見ると、美味しそうに艶めくしっかりした山菜の芽が生えているのでした。


(これは、妖精さん?)


いつも料理を作っている時に感じる感覚と、同じ感覚を感じて、

奥さんは優しい気持ちになりました。


不思議な導きのおかげで、いっぱいの山菜やキノコを採る事が出来た奥さんは、

それらを大事に抱えて、弾む足取りで家に帰りました。



夜、旦那さんが仕事から帰ってきました。

奥さんは早速作った料理をテーブルに並べます。

それは、とても良い匂いのする美味しそうなスープでした。


「へえ、美味しそうだね。なんて料理なんだい?」

旦那さんが奥さんに尋ねます。

「笑い上戸な妖精さんのスープよ」

奥さんは少し得意そうに言いました。

「妖精?」

怪訝な顔をする旦那さんに、奥さんは昼間に体験した事を話して聞かせるのでした。


「じゃあ、いただきます」

奥さんの話を半信半疑で聞いた後、旦那さんがスープを口に運びます。

口に入れた途端、旬の山の風味が感じられました。

まるで自然をそのまま味わっているような、優しくほっとする味でした。

「美味しい!」

今まで食べたことの無いような味に、夢中になって旦那さんはスープを食べ進めます。

奥さんはそんな旦那さんをニコニコと眺めているのでした。



「ねえねえ、お母さん。恩返しができたよ」

妖精のコップに少しだけスープを貰って来て、家に戻った妖精は母親に話しかけます。

「あらそうなの。それは良いことをしたわね」

話を聞いた母親は、妖精の頭を優しく撫でてくれました。

「このスープ、すっごく美味しい!」

2人で分けて飲んだスープはとても優しくて、ほっとする味でした。



(今日もいるかしら?)

翌日、奥さんはいつものように、料理をしながら動画を再生します。


そこに映った男性が面白いことをして、奥さんはクスリと笑いました。

その時、近くで同じように誰かがクスリと笑ったような。

そんな気がしたのでした。



おしまい。

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妖精のスープ mawmii @somurio65897

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