白と黒の街の灯

紫風

白と黒の街の灯

『ある日、男は酔っ払った金持ちを助けると金持ちに感謝され、酒を酌み交わし金持ちの家に招待される。朝になってシラフになった金持ちは男を覚えてなく、男は追い出される。翌日、また酔っ払った金持ちと再会した男は、盲目の花売り娘を見掛け、彼女の花を金持ちのお金で買ってあげる。目が見えない彼女は、男を金持ちだと誤解してしまう』

 これは、喜劇王 チャールズ・チャップリンの『街の灯』の始め部分である。



 ふう、と溜息を吐く。

 持ったペンをゆらゆら揺らす。ペンは書くという機能を放棄したようだった。

「書けないなぁ……」

 キーボードは押されないまま。デスクに散らばった紙は、中途半端な図形が書き散らされている。

 デスクの卓上カレンダーには、2日後に大きな丸が書いてある。同じ日のWebカレンダーにも印があり、こちらには時刻設定と、アドレスが入力されている。

 ぴこん、とスマートフォンが鳴り、通知を知らせる。キャラクターが定時になると話しかけてくる、呟きアプリのbot からだった。好きなキャラクターも、本当に切羽詰まるとうるさく感じてしまう。


 気分転換に、映画を観る。選択は、チャップリン『街の灯』。私の大好きな映画だ。

 原稿の依頼は、喜劇。

 いま『喜劇』というと、芸術のひとつと思われる。

 確かに現在、チャップリンの映画を、コメディとか、ましてやギャグという人はいないだろう。

 美しい白と黒とグレーの世界。琴線に触れる物語。

 この美しい物語が喜劇と言われるのは、その合間にあるコミカルな動きに他ならない。話そのものは哀愁やわずかな希望などで、決して笑えるものではないのだ。


 笑えるものをオーダーされた以上、笑えるものを書かないといけない。

 しかし、

 そも、笑いとは。

 『おかしみ』とはなんだろうか。

 突き詰めたところで、狙って書いたものなど、受けはしないのだ。


 一発ギャグや変顔、歌やコントのオンパレードでは、ただの新喜劇である。

 客はそれなら、専門のルミネや浅草、なんばに行くだろう。

 

 

 『笑われんじゃねえ、笑わせるんだよ』とは、去年限定公開されたとある映画のセリフだが、これは芸人さんの信条なのだそうだ。


 事程左様ことほどさように、書きものとは難しい。

 そして私は、美しい物語が書きたい。

 『街の灯』のように。



□▲〇


「おかしい」

 私の書いたものが、客席でドッカンドッカン受けている。

 そりゃオーダーは喜劇で笑えるもの、だったけれど。

 いやそこ泣いてほしいんですけど!?

 え、そこで何で笑う? きゅん、としないの?

「いや~、今回の話良かったよ。スラップスティック・コメディ」 

「この不条理感がいいね、フランス映画みたい」


END.

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白と黒の街の灯 紫風 @sifu_m

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