第6話 少女の名前

「お前さん強いなーー!!!」


 ギルド長の声が背後から聞こえた。振り返ると、少女の肩を叩きながら称えるギルド長が居た。


「え?ボク?」


 少女が不思議そうな顔で尋ねる。ボク、負けたのに。と言いたそうな顔だ。

 

「ああ!お前さんの異能はすごい!風を操る奴なんてなかなかいねえぞ!それに使い方もまだ限定的だが発想が柔らかくていい!」

 

 確かに彼女は強かった。

 風を飛ばすだけじゃない。身体に纏い、自身の移動スピードを上げるという発想は厄介だった。スピードに慣れるまでは見ることすらできなかった。スピードだけで言えば、ギルド長と同等かそれ以上だったのではないだろうか。


「でもボク負けたよ!うううあああああ悔しいいいいいいいい!!!!!!お父以外で初めて負けた!!!」


 少女が膝をついて、地面をたたく。何度もこぶしを地面に叩きつける。唸り声は少し涙声だろうか。悔しさが、嫌というほど伝わってくる。


「……お前さんは若い。経験を積めばいくらでも強くなる。大丈夫だ」


 ギルド長が優しい声音で諭す。少女の背中を撫でる手は温かそうだった。

 ゆっくりと、温もりが少女へと伝わっていく。少女の手は自然と止まり、涙声もいつの間にか収まっていた。


「お前さん。名前は?」


「……ミカ」


「ミカ君。悔しいか……強くなりたいか?」


 ギルド長の言葉に、ミカが顔をあげる。呆けた顔をしていたが、すぐにきりっとした猫の目に力が籠った。


「なりたい!なる!あいつに勝つ!嘘つきなんかに負けたままは嫌だ!!」


 少女はバッと立ち上がり、ルイを指さした。

 敵意。ミカはルイを敵としてみていた。勝つべき相手。倒すべき相手。誤解されたままなんてだめだ。ルイは口を開こうとした。


「いや。だから僕は――――」


「そうか……では、こやつと共に討伐者となり、パーティーを組みなさい」


「え?」

「ん?」


 ルイの言葉はギルド長によって遮られた。


「な、なんでボクがこんな奴と!」


 当然、ミカの反応はそうなるだろう。今、彼女の中ではルイは敵なのだ。


「まあ、そういうな。こやつを討伐者と言うたが、事実は少し違う。こやつはこれから討伐者となるのだ」


「え?」


「お前らがどのような会話をしていたのかは知らぬが、きっとこのルイはお前さんに嘘はついておらんかったであろうよ」


 ギルド長が申し訳なさそうな顔で言う。小さく頭を下げ、ミカに謝罪する。にやにやと嬉しそうにしていた人とは思えない柔らかい顔だった。


「じゃ、じゃあ。噓つきはお前だったのか……?」


「あ、あぁ。そういうことになるな」


 痛い所を突かれたとギルド長は顔をしかめる。確かに嘘つきはルイではなくギルド長だ。その通り。

 ギルド長はきまり悪そうにルイを一瞥した。自業自得だ。ルイはミカの方にしれっと目を逸らす。ミカの目が怒っていると言っている。膝を突き、ミカと向き合うギルド長をミカは睨みつけながら言った。


「ふざけんな!お前!まずボクじゃなくてあいつに謝れよ!」


 正論。紛れもない正論を少女からぶつけられる大人。ギルド長はその通りだと、立ち上がり。ルイに向き直る。


「すまなかった。私の都合のいいように働きかけた。まことに申し訳ない」


 深々とギルド長は頭を下げる。その後ろからミカがてとてとと駆け寄ってくる。ルイの目の前まで来ると、ミカはルイの手を握りながら頭を下げた。


「ボクも勝手に怒ってしまってごめんなさいでした!」


 少女らしい元気のいい謝罪だ。ミカは言い切ると、再びギルド長を睨みつける。


「ちゃんと悪いことをしたら謝らないとダメなんだぞ!お父が言ってた!」


「あぁ。二人とも本当にすまなかった」


 もう一度、ギルド長は頭を下げて言葉を続ける。


「ミカ君。君はまだ討伐者登録をしていないな?もしまだパーティーに入っていないのならルイと組んでみるといい。きっといいパーティーになる」


「んー……ボクは強いやつ好きだからいいんだけど、一回お父にも聞いてみる!お父も討伐者になるって言ってるから一緒にパーティー組むんだ!」


 どうやらミカは父親にべったりのお父さんっ子みたいだ。それに、ミカの父親はミカに勝つほどの実力者らしい。

 ところで、


「あの、どうしてこの子が討伐者登録をしていないと分かるんですか?」


 ルイが久しぶりに言葉を発した。

 ルイは当然のようにミカは既に討伐者だと思っていた。身なりも討伐者らしい恰好をしているし、強さも申し分ない。


「討伐者登録をしている人の顔と名前は一通り頭に入っておる。それくらいできんとギルド長など名乗れんからな」


「す、すっげー!」


 ミカが尊敬の眼差しをギルド長に向ける。どうやらミカのギルド長に対する怒りは収まってしまったみたいだ。


「と、とにかく!お前さんは父親を連れてもう一度ギルドに訪ねてくるとよい。そのときに一緒に討伐者登録してやる。討伐者になってから改めて、こやつとのパーティーを考えてみるといい」


「はい!分かった!じゃあいったん帰ってまたすぐ来る!」


「うむ。それじゃあ――――」


「じゃあねー!!!!!!」


 ミカはギルド長の言葉を聞き終わる前に走り去ってしまった。本当に急いでいるのだろう。それでもちゃんと挨拶するところは礼儀正しいというか。父親の育て方が良いのだろう。

 ミカが居なくなって、少しの沈黙が流れた。ミカの勢いに、ギルド長もやられていたのだろう。一息ついて、ギルド長が沈黙を破った。


「やはりルイ君。君の異能は特異だ。ミカ君との戦闘を見ていて新たな仮説も立った。部屋に戻り、これからの話をしよう」


「そう、ですね……分かりました」


 ギルド長の中で立ったという新たな仮説。ルイも感じている順応の可能性。そして、討伐者になるという選択肢。昨日までと全く違う人生が始まろうとしている。

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