順応性高い系男子の放浪記
天樹奈々
第1話 ルイという凡人
なんでもできて、なんにもできない。
ルイという人間はつまりそういう人間だった。
何をさせても平均的。良くも悪くもない。
ルイが生まれ育つ規模百人程度の小さな村の中でも、ルイというと、あーあの凡人ね。となるほどには名が通っていた。
鍬を持たせても普通の仕事、剣を持たせても普通の腕前、ペンを持たせても普通の頭、走らせても、歩かせても、歌わせても、演奏させても、何もかもが平均的。ついたあだ名が、
「おーーーい、ボンーーー」
凡人のボン。元の名前に配慮なんてない。ルイの特徴は凡人であることそのものだった。
「なに?父さん」
大声で声を掛けてからルイは自分の部屋の扉を開ける。木製の扉がきぃきぃと鳴きながら開く。
綺麗好きの母が毎日掃除をしてくれているおかげで、小さな家の中はきれいに保たれている。ただ、古くなっている家は誤魔化しようがなく、一歩歩くたびに床はぎしぎしと音を立てる。部屋の中にいても、父と母がどこで何をしているか分かるくらい、家のどこの床も限界を迎えている。
「なに?父さん」
もう一度、今度は普通の声で尋ねながら居間にいる父の元へ向かう。すると、父はテーブルに置かれた既に開封されている手紙を前に、腕を組みながら眉間にしわを寄せて椅子に座っていた。
「座りなさい」
父はまだ若い。白髪もないし、元討伐者だったこともあって体も現役のままである。普段は優しい父の普通ではない様子を見ながら、ルイは父の正面の椅子に腰を下ろした。
「なに?父さん」
ルイはもう一度訪ねる。すると、ようやく父は口を開いた。
「ギルドから手紙が届いた。昔、俺が世話になったギルド長から直々にだ」
「へー。もしかして、復職してくれって言われちゃった?」
ルイはなんだ、というように問うが父は一向に表情を変えない。
「ルイ、お前の異能はなんだ」
「へ?」
異能――――それは生まれつき誰しもが持つ自分だけの能力。
風、雷など自然の力を借り、それを意のままに操る力。自らを宙に浮かせる力。また、自分以外の何かを浮かせる力。少し先の未来を見通す力。また、過去を見る力。剣の上達が圧倒的に早くなる力。足が圧倒的に早いという力。
異能は万能ではない。しかし、極めれば何よりも頼れる自分の力になる。ルイに異能が発覚するまで、ルイの父が常々口にしていた言葉だ。もう何年も口にしていない。
「僕の能力は―順応―だけど……それがどうしたの?」
「順応……順応……」
父は二度、息を吐くように声に出し、小さくため息を吐いた。
ルイはその姿を見飽きていた。父はルイの異能が何なのか期待していた。しかし、聞いたこともない、どのような能力なのかもはっきり分からないその「順応」という能力に分かりやすく落胆した。それがルイが六歳の時だ。
異能が発現するのは人それぞれだが、発言すれば体のどこかに痣ができる。ルイの父はおでこ、異能は「怪力」。その名の通り力が人より強く、鍛えれば鍛える程、二段飛ばしに強くなっていく。母は尻、異能は「千里眼」。見たいものを見ることができる。おかげでこの家には汚れが一つもない。
どちらも戦闘向きの異能で、二人とも子供にも戦闘向きの異能が発現することを期待していた。
結果はだめ、だめだめ。
順応の二文字を見た時、二人はさぞ驚いたことだろう。そして絶望したことだろう。なにせ、今までそんな異能など聞いたことが無いし見たことが無かったからだ。
異能の能力は大きな街のギルドに行けば無料で検定してくれる。年に数万人という規模で異能検定をしているギルドの職員も初めて見たらしい。そして、肝心な能力は
「人よりも環境に順応しやすい」
だ。当時、それを聞かされたルイは表情一つ変えなかったと、後に母に聞かされた。もしかしたら、本当は驚いていたのかもしれないけど、すぐに順応しちゃったのかもねぇ。と、母は言っていた。
「ねえ、その手紙。誰から?」
ルイの言葉に父が顔をあげる。
「あ、あぁ……ナポリスのギルドの長からだ」
「へぇ……そんなお偉いさんがどうしたの?」
「ボンに、会いたいそうだ」
「なんで?」
「分からん。詳しいことは一切かかれていない。とりあえず、一週間以内に面会したいとだけ」
言いながら、手紙をルイに見せる。手紙には確かに、それだけしか書いていない。
「分かった。じゃあ明日ナポリスに行ってみるよ。ギルドに行けばいいんでしょ?」
ルイは手紙を畳みながら父に言った。父は黙ったままだ。
「行ってみたら分かるでしょ。物珍しい異能だから、見てみたいだけだよきっと」
「そう……だよな……よし、行ってこい息子よ」
「うん」
ただ、平均的に物事をこなせるだけの異能「順応」。しかし、ルイはその本当の使い方を知らないだけだった。
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