勇者の乗り物(ショートショート)

海風りん

賢者の乗り物

日比谷線のホーム。

南千住の駅は、地下鉄ながら、ホームが地上にあり、屋根の隙間から青空がみえる。

私は毎朝、電車を待つ間、ぼんやりと青空をみていた。

なるべく何も考えないように。心を空っぽにして、視界いっぱい青空にする。

スーツの堅苦しい着心地も、ネクタイの息苦しさも、肩にかかるカバンの重さも全て忘れて、深い深い青空に浮かんでいるような気持ちになっていく。

やがて、銀色の電車がゴーゴーと音を立ててやってきた。

サービス業であるため、早朝の出勤なのだが、それでも、そこそこ混んでいる電車に乗り込んだ。

くるりと姿勢を変えて、窓の外をみられる位置に立った。

発車して、ものの何分も乗らないうちに電車は地下へと吸い込まれていく。

だんだん黒い闇が下からせり上がり、最後に青空が飲み込まれていくのを、毎朝、出勤のたびに見てるのに、まったく飽きなかった。

…世界は闇に包まれた。

さぁ。勇者よ。冒険の旅にでるのだ!

心の中でファンファーレを鳴らす。

勇者よ。お前はまだまだ若く経験が少ない。

闇の王を倒し、この世にまた光を取り戻してくれ。

ふと、窓にうつった自分の顔をみれば、冒険を始めるには、ちょっと…いやだいぶ、とうがたった男が映っている。

それでも、自分のために、世の中のために、仕事に向かう私。

不敵な笑みを浮かべ、今日という冒険に向かって胸をはって飛び込んでいく勇者の顔だった。

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勇者の乗り物(ショートショート) 海風りん @umikaze_rin

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