辞世の句 手向ける先は 我が娘
桐山じゃろ
最期に貴女へ
私は生まれたときから「あの天才コメディアンの娘」というレッテルを貼られていた。
父は家ではつまらない人だった。
寡黙で、何を考えているのか解らず、私の育児や教育に関して何も口出さなかった。
母は父の元ファンで、それはそれは献身的に父を支え、私にいつも
「お父さんはとても素晴らしい人なのよ」
と言い続けた。
テレビで観る父は出演者と観客を笑わせ、動画サイトのコメント欄には好意的な意見ばかり寄せられていた。
成長して気づいた。
父は、家族に対してだけつまらない人なのだ。
学校へ行くと、同級生どころか学校中の、時には教師まで混じって「なにか面白いこと言えよ」といじめられた。
何が面白いことなのか、どうしたら人を笑わせられるのかなんて、わからない。
いつも黙り込んでしまう私には、「娘は大したことがない」という新たなレッテルも貼られた。
私が小学校へ行かなくなったり、転校したりしても、父は私に一言も声をかけなかった。
「お父さんは忙しいからね。私がついていながら、ごめんなさいね」
謝るべきは母ではなく父だ。
私の中で既に父は、居ないも同然の人間になっていた。
私が中学に上がった頃、父が突然倒れた。
脳の血管が破裂したとか硬化したとか、とにかく突発的で防ぎようがないものだった。
発見が遅れたことも運が悪かった。
父は奇跡的に目を覚ましたが、それが最後だということは誰の眼にも明らかだった。
病室には私と母以外に、弟子を名乗る芸人や、マスコミの人間、つまり親戚ですらない他人が押し寄せていて、娘の私ですら父の側に行けなかった。
別によかった。
今際の際だと言われても、父と話すことなど、なにもない。
しかし、父が私の名を呟くと、私の前に道が開けた。
「何、お父さん」
父の口がなにか呟いている。
最期の言葉か、と周囲が色めき立った。
私は父のすぐ横に立てた権利を行使して、父の唇に耳を寄せた。
父は一言だけ、もしかしたら生まれてはじめて、私に言葉を授けた。
「ごめんなすって」
私は笑った。
辞世の句 手向ける先は 我が娘 桐山じゃろ @kiriyama_jyaro
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