俺今日な、パンツ履いてないねん
〇
【KAC4お笑い・コメディ】
春だ。変態が増える。
ぽちぽちと枝についた梅の花を見つめながら、ぼんやりとそんなことを思った。
「なぁ、岬。おれ今日な、とっておきやねんで」
隣を歩く幼なじみの塚田が得意げに言ったので「とっておきぃ?」と口を歪ませる。途端に、ごっ、と顎が鳴り閉じられなくなった。
「せや。とっておき。実は」
「ちょ、ちょっと待って……はず、はずれた……あ、あご……」
蹲り、マスクを一度はずしたわたしに塚田はぽつりと「おもろいやんけ」とこぼした。
面白くない。なんにも面白くない。
「かるい顎関節症なんよ。で、何がとっておきなんや?」
ようやく動くようになった顎を動かすと、「あんな!」と、わたしの前にぴょっと飛び出してきた。危ないな。4歳男児(はやめの反抗期)かよ。
詰められた距離に驚き、わたしはのけぞった。ら、側溝に左脚がはまった。
「…………」
側溝にたまったヘドロのせいで動けない。いまから登校だというのに。
「……おもろいなぁ~」
しみじみと腕を組み、塚田が言う。
「いやだから、おもんないわ! 引き上げてや! 自己啓発本の表紙の帯みたいに腕組んでやんとよぉ!!」
塚田の眉が跳ねた。
「いや、ほんまに岬はおもろいなぁ」
「だーかーらっ! おもんないっちゅーねん!! あ、ありがと……」
吠えていると塚田が手を差し伸べてくれたのでそれに掴まる。しかし、びくともしない。
「……えーと、塚田さん?」
「え、なに? 岬さん」
「あのー、その足、なんなんですかね。その、内股。それ内股ですかね」
わたしは手を握りながら塚田の足元を見た。塚田は足を変にもじもじさせて、内股でへっぴり腰をしているのだった。
「あ、いや、実はな。おれ今日、ノーパンやねん。それでちょっと、ムスコの位置が……」
わたしの口元が歪む。おっと、ごっと鳴らないようにしなければ。
春だ春だと思ってはいたが、まさかこんな身近に変態がいるとは。
「……え。ノー……パ、なんで?」
かろうじて紡げた言葉でわたしは聞く。
塚田は顔を真っ赤にさせると、
「や、ほらな。おもろいかなーと思ってん」
わたしの顎に再び危機襲来。想像の梅干しを食べて唇をすぼませると、
「それはおもろい言わんわ。変態や」
なんとかかんとか言い切った。
「なんなん、その顔。あぁ~ほんまに岬はおもろい。おもろすぎるなぁ」
わたしを引き上げると塚田は、息をたっぷりと吸い込んでから、そう吐き出した。
「だから、なんなんよさっきから。どうせドジやよ。ふん」
ぷいとそっぽを向く。塚田の視線を感じる。1、2、3……10秒経過。え?
ちら、と顎を持ち上げると、何かを言いたそうな顔で頬をぽりぽり掻いている。なぜか少し赤くなって。
「なんや。もう蚊でもおったんか。ぽりぽりぽりぽりと」
「お前がおもろすぎるからやからな! おれがパンツ履いてへんのは!」
は? という言葉が出かかったが、
「自分よりおもろいやつがす、す、すきなんやろ! 言ってたやんけ! 昨日教室で!」
塚田が唾を飛ばす勢いでそう言ったので、は行のはじまりは呑み込んだ。
「お前よりおもろなるなんて、ぱ、パンツ履かんとか、ぶ、ブラ着けるとか、そのへんしか思いつけやんのじゃ! ボケェ!!!」
塚田の叫び声に、わたしは目を丸くする。
え。それって。それって、塚田わたしのこと――。
頭のなかをその先の言葉が回る。回って回って、
「あほか! そのままでもおもろいわ。塚田は! わたしよりずっと!!」
ぽんと飛び出した言葉。
マスク越しに互いに見合う。
見合って見合って、
「「あ」」
タイミングを測ってたかのように、カラスが一羽はばたいた。
もちろん「アホー」って雄叫びあげて。
【了】
俺今日な、パンツ履いてないねん 〇 @kokkokokekou
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