2-3 もう、分かったから

 しばらくすると、何やら牢塔の外が騒がしくなる気配があった。


「どうしたんだろう?」


 そう思ったのも束の間、牢塔の中に勢いよく青年が駆け込んできた。

 青年はキョロキョロと首を巡らし、そして一つの牢屋で月英を見つけると、ガシャンと鉄格子を荒々しく掴む。


「見つけた!」

「ば、万里!?」


 駆け込んできた青年は万里だった。


「ど、どうして万里がここに!?」


 荒々しいのは掴みかただけでなく、万里の呼吸もだった。

 ぜぇはぁと肩を大きく上下させ、掴んだ鉄格子を支えにしている。

 よっぽど急いできたらしい。


「お前……なに捕まってんだよ!」

「そっ、そんなこと僕の方が聞きたいよ!」


 怒鳴る万里に月英も同じ声量で返す。

 二人の大声が牢塔の中で反響し、しばらく耳に煩かった。

 音がやめば、万里の驚いたように丸くなった瞳が月英を捉えている。


「捕まった理由が……分からないのか?」

「そうだよ。急に連れて来られたんだもん」

「そ、そうかよ。俺はてっきり……その……」


「あっ」と、月英は万里が濁した言葉の先に気付いた。

 二人とも気まずそうに顔を逸らし、なんとも言えない沈黙が流れる。


「あのね、万里。実は話したいことがあったんだ」


 先に顔を相手へ向けたのは月英だった。


「待てって言ってたのに……もう良いのかよ」


 月英の声に反応して、万里もおずおずと顔を正面へと向ける。


「うん。待ってもらった時間でたくさん悩んで、それで答えはもう出てたんだ…………誰かさんがいなかっただけで」


 ジロリ、と瞼と声を重くした月英に、万里が慌てふためく。


「あぁ、あ、あれは! 先に逃げたのはお前の方だろうがよ!」

「じゃあ、お互い様だ」


 へらっ、と気の抜けた顔で笑う月英。


「――っ! まったく……」


 万里は、はぁと特大の溜め息を吐くと、鉄格子を握ったままずるずるとその麓にしゃがみこんだ。


「あのね万里。もう気付いてると思うけど、僕……実は……」

「待った!」


 月英がそのことについて会話を切り出そうとした時、万里が制止の声を発した。


「万里?」

「……オレに話せなかったのって、オレが信用ならなかったからか」


 鉄格子に頭を預けていた万里が、のろのろと視線を月英に向ける。

 その目は、雨に打たれた子犬のように心許なく揺らいでいた。


「違う。そんなこと思ってない。ただ……これは僕だけの問題じゃなくて、色んな人に関わってくることだから……言うのが怖かったんだ。言った時何かが変わってしまうんじゃないかって」


 医官服の胸元を握りしめる月英。


「あっ、でもそれは万里を信用してないわけじゃなくて! むしろ万里のことは大切だから――」

「分かった」


 言葉を止められ、一瞬月英はビクッと肩を揺らした。もしかしたら、また彼を悲しませてしまったのかと。


「もう、分かったから。だから、それ以上は何も言わなくていい」


 しかし、彼が見せた表情は悲しみでも怒りでもなく、穏やかな微笑だった。


「オレは、お前が話してくれないのが寂しかったんだよ。そんなにオレのこと信用ならないのかって」

「違うよ」


 首を小刻みに横に振る月英に、万里は分かっているとばかりに頷く。


「でも、そういうわけじゃなかったんだな」


 ここ最近ずっと眉間に皺が寄った彼しか見ていなかったが、ようやく本来の万里の顔を見ることが出来た。

 万里が眉間を開いて笑っていた。


「オレは、お前がどっちだろうが構わねえよ」

「……っ万里」

「な、月英先輩」


 意地悪く目を眇めて笑う姿は、亞妃の言う『一言余計やぶへび野郎』だった。

 亞妃の言葉と目の前の万里の表情に、月英も堪らずに笑みを漏らす。


「ところで何でお前は捕まってるんだっけ?」

「さあ?」


 すると、牢塔の外にいた衛兵が、うるさい足音と共に入ってきた。


「おい! これ以上はもう駄目だぞ! 賄賂切れだよ」


 衛兵は万里を無理に立ち上がらせると、太い腕を巻き付けそのまま万里を引きずるようにして牢塔の外へと連れ出す。


「月英! お前がいない間の香療房は任せろ!」

「万里!?」


 引きずられる方向とは反対方向に首を伸ばして、万里が叫んでいた。


「何が原因かは分かんねえけど、何かの間違いだって信じてるから! ちゃんと戻ってこいよ!」


 その声を最後に、万里は衛兵に担がれ牢塔の外へと姿を消した。


「……万里……っありがとう」


 月英は万里の消えた方をしばらく見つめ、そして――。


「やることないし、寝よ」


 寝ることにした。



 

        ◆◆◆




「……ぃ、おい! っいい加減起きろってば!」

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