1-8 ズブズブのお茶づけにしてやりますぅ~!ぐへへ
茶葉を卓の上に差し出すと、鄒鈴が飛びつくようにして手に取り、いそいそとお茶を淹れ始める。
そうして卓の上には、それぞれの前に二種類ずつの茶器が置かれた。
「赤が
月英の言葉で、それぞれが茶器を手に取っていく。
最初に反応を示したのは亞妃だった。
「あら、全く違いますね。赤い方はさっぱりとしてとても良い香りで、青い方は少し辛いけど後味がすっきりで……どこか馴染み深い香りですわ」
「
「なるほど。じんじゃあとはショウガのことだったのですね」
亞妃は青い茶器から立ち上る香気に鼻を寄せると、目を細めて二口三口と美味しそうに飲んでいた。
「個人的には辛いのも美味しいのだけれど、甘味にはやっぱりこちらの赤い方かしら」
「確かにそうですね。青い方は食事には合いそうですが、甘味と一緒となると少々風味が強すぎるかと」
亞妃の言葉に、同意だと李陶花が頷く。
「それにしても月英様、よくお茶にショウガを合わせようと思いましたね。わたくし、ショウガは料理に使うものとばかり……」
「用意してもらった茶葉が若々しい香りだったんで、色んな種類の爽やかさと掛け合わせてみたんです」
「わぁ、すごいです月英さま! お届けした茶葉って新茶葉だったんですよぅ。よく分かりましたね!」
「鼻は良いほうなので」
ふふん、と先日の鄒鈴のように月英が誇らしげに胸を張れば、部屋の中は楽しそうな笑い声で満ちる。
「生姜って料理にはもちろんですが太医院でも薬として使いますし、案外使い道が多いんですよ。精油としても優秀で、冷え性や腰痛肩こりにも効きますし活力増幅にもなります」
「へえ、肩こりにも効きますか」
李陶花が口を丸く開けて関心を示した。
「あれ、李陶花さんどこか身体の不調でも? よろしければ今度処方しますよ」
「あ、いえ。私ではなく兄が……」
そういえば、彼女は兄がいると言っていたか。
「仕事のしすぎで万年肩こりなんです。会うたびに腰が痛いだの肩が痛いだのと、煩いんですよ」
まるでどこぞの宮廷官のようである。
ふと月英の脳裏に、刑部の翔信の姿が浮かんだ。
――あそこの部省って激務そうだったし、翔信殿はまだ生きてるかな。
死屍累々の刑部の部屋を思い出せば、月英の口端も引きつる。
――そういえば、この間万里が行ったんだっけ……。
香療術が蘇生術として使われているだろうことは易々と想像できた。
「もし、お兄さんと会わせていただけるんだったら、僕が処方しますよ」
手遅れになる前に手を打たなければ。ああなってしまう。
「それは助かります。兄にも話してみます」
とは言いつつも、彼女の兄は何をしている人なのだろうか。
宮廷に平民はおいそれとは立ち入れないのだし、王宮の外で施術することになるのだろうか。
――ま、その時になってから考えればいっか。
王宮の内だろうが外だろうが、香療術を知ってもらえるのならば良いことだ。
「それでは鄒鈴さん。松明花と生姜、どちらの茶葉にしましょうか」
鄒鈴は赤い茶器に入ってたお茶を威勢良く飲み干すと、勢いそのままに卓に力強く置いた。
カコンッと小気味よい音が響く。
「松明花でお願いします!」
「かしこまりました」
小動物のようにクリクリした愛らしい鄒鈴の目が、今は爛々として完全に商人のそれとなっていた。
「では、ある程度の量ができたら僕が茶心堂に届けますね」
「父にも伝えておきます。ですが、これは『まずは』ですからね」
「まずは……ですか?」
首を傾げた月英に、鄒鈴はふふふと不気味な笑い声を出す。
「何事も手始めは周知が一番重要なんです。なので最初はクセの少ないもので万民受けを狙いまして、徐々に徐々に種類を増やして玄人心をあおるんですよぅ」
両手をわななかせ、可愛い顔にほの暗い笑みを浮かべる鄒鈴。
亞妃は静かに茶を飲み、李陶花と明敬は互いに顔を見合わせ首を横に振っていた。
「それはもう、茶に沈めるが如くズブズブに移香茶の虜にしてやるんですぅ!」
顔も台詞も完全に山賊のそれなのだが、彼女は本当に後宮の侍女で間違いないだろうか。
鄒鈴は移香茶を気に入ってくれ、広めてくれると言ってくれているのだが、どうしてだろう。手放しで喜んではいけない気がする。
「すみません、月英様。この子、お茶や商売事に関しては少々悪癖が出てしまして」
「悪癖で収まりますかねえ、これ」
「ぐふふ……商売繁盛千客万来……」
李陶花が申し訳なさそうに言う横で、鄒鈴は頭の上のお団子髪をポヨポヨ揺らしては、変な笑い声を漏らしていた。
鄒鈴は時間が経てば落ち着くらしく、月英は芙蓉宮を気にしつつも百華園を後にした。
香療房に戻ったらさっそく、松明花の移香茶作りに励まなければ。
◆◆◆
どうやら松明花茶の評判は上々のようだ。
茶心堂からは三日とおかずして、追加の注文が入る。おかげで松明花の精油があっというまに減っていく。
「こんにちは、追加の茶葉を持ってきました」
「ああ、待っていたよ、月英くん」
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