もう無理だって‥

九自 一希

序章 理り

ー理りー

ある種、     は救いなのかも知れない………………………………………………苦しさからの


「‥続けるのしんどいっす‥」

十九歳 成人男性 名は 七絶(ななぜ)

中肉中背、ほぼ日本人平均の百七十一の背丈に、いつも寝不足と夜ふかしで目の下には隈。その目は一重の少しツリ目。顔は中の下で童顔。


そんな彼が勤めている清掃会社副責任者 有田に弱音を吐いた


有田は四十歳前で年齢が離れてはいたが話易さはあった

「俺は十八で高校辞めてスグここに入っちまって他なんて知らないけど、

汚いもん処理するのは世間から嫌がられてるだけあってそれを我慢すれば割とパートでもない限り仕事量はデタラメに多くなくて続けやすいと思うんだけどなぁ」


親身に返してくれる、が


「仕事じゃなくて「人間」です 」

「誰?」当たり前だが詮索される

「‥‥言わないでくれるなら教えます」

「悩み相談で内容バラまいたら意味ないでしょ 言わないよお」

「マネージャーです」


七絶の居る清掃部署は大型ビル二つが連なる施設を対応していて、役職は上からマネージャー、副責任者、社員、パートになっており七絶は三番手の社員にあたる


「それはまたどうして?」

「椅子に座ってるだけで偶にビル取引先から電話がくれば対応するだけ、しかも緊急性の高い件だけだから一日電話も取らず飯喰って帰るだけの時もあります」

すらすらと愚痴が溢れる


「まぁ食べるだけなら害無いし良いんじゃない?」

「僕もそれなら同意です、ですがここで終わらないです、自分が対応しなければいけない清掃シフトを巡回中の僕に社員携帯で呼び出し追加対応させるのは日常ですし、それが出来ない、丁寧にやって遅いと「いつまでやってんの?無駄に長引かせてタイムカードで残業代付けられても困るんだけど?」って言われるし」

「それはちょっと酷いね」

(この人の価値観では「ちょっと」か‥まぁ他人だもんな‥)

「これだけなら被害は「自分」だけです」

「「これだけ?」」

「パートさんがこの二ヶ月で何人辞めたか有田さん覚えてますか」

「えーと三人だっけ?」

「五人です。」

有田は記憶を辿るが出てこない様だ

「栄一さんはローン満期で辞めて、美伊さんもマネージャーとの相性は聴いてるよ、後は大学勉強に集中したいってこの夏辞めた志井君の三人じゃなかったけ?」

「昨日辞めた方と研修途中でバックレた人もいます。」

「アッ!‥居たねぇ‥そんなの」

三番手の七絶はこの部署の全体シフト作成、面接対応もさせられている、言っとくが「通常業務」にプラスしてだ。

故に人の出入りはコイツらより把握している。

「栄一さんが辞めたのもマネージャーですよ」

「俺聴いてないけど?」

「僕は聴いてますよ」


七絶は職場では若い、十九歳だしブチ抜けて、それがあってかおばちゃんパートは話し易いらしく何でも耳に流れて来る、

仕事の不満、違う職場のおばちゃん友達の話、家のローンの話、娘息子の大学費、ニュースでやらかしたタレントの話、貰う度お返しに困るが嬉しいお菓子を夕方の小休憩で毎回聴くのだ。地味に辛い。


三番手といえ七絶は社員 会社の情報も得ている。

当たり前だがパートには大体どこも教えて良い情報に制限がある為全ては知らされていない。

パートと会社両方の情報を持っている中立国それか七絶なのだ。


「志井君はそもそも時間をコントロールしやすい夏休みに入るタイミングで辞めたんですよ」

「言われてみれば口実か」

彼には洞察力も無いな

「辞めた原因本人にあるのにこれを爪切りしながら言われるんですよ」

非番をいいことに内にあるものを吐き出しまくる七絶 つかそもそも職場で爪切んな

「解ったよ確かに問題ありそうだし俺から注意しとくよ」

「ありがとうございます」


その日は遅番もあり十時に退社、駅直結の地元駅から三駅先 最寄り駅でパサパサになった焼き鳥の惣菜を買いその日も自宅で喰って寝た


湿気った布団の中で嫌な予感を馳せながら


七絶は良い「勘」は殆ど当たらないが、「悪い勘」は大体当たる。

出勤して一発目だった


「有田さんから聴いたけどなんか文句あんだって?」

‥この町の人間は駄目だな

「いえ、特に」


七絶は常に最悪を計算して活きている

故にこの下衆な事態は予習通り


「特にじゃないだろ!!文句んなら副責に愚痴らないで直に言えよ小心者が!!!」

「はぁ‥」


七絶は聴いた事があった 独裁者は自分の特権でやりたい放題出来る反面、他人の意見を聴かない為不満、怨みを受けやすく疑心暗鬼になり 粛清。

やがて片っ端から問答無用で処刑にまで至ると。


(リアタイで観れる日が来るとは‥)

「「はぁ‥」じゃないだろが!!!ナメてんのかオマエ!!!仕事する気あんのか!!!」


お前よかしてるわ。つか副責任者はさっきからなんで黙ってるんでしょうね。


ここからは小説にするには生産性の無いやり取りが続く

七絶が明確な言い訳、謝罪、打開策を提案しても 半永久的に気持ちが収まるまで同じ言葉の悪口を浴びせるのみ

つまりは「はぁ‥」と「ナメてんのか!!!」のかループになる。


何言ってもキレられるなら魔法の何も無い言葉「はぁ‥」で時を跳ばす。

使用者に必要なのは時の罵声に耐える精神力。


「ったく!!‥もういい!!!仕事始まってんだからぁ‥さっさと行ってこい!‥」

「了解です」


キレ散らかす配分解って無いのか

散歩後の肥えた犬の様に息を切らすマネージャー。

七絶のこちらの心理説明で「マネージャー」と表記し名を出さないのは七絶がマジで嫌いで名も頭に出したくないからである。


巡回清掃をしながらいつもは使うエレベーターでなく

階段で上層階を目指し音を殺し進む、目頭が少し熱くなる。


人間理屈で先の様に「馬鹿の無限ループ」を理解しても「心」は別。

「心」は心で気づつかなと成長しない

結果、涙が出る。


(有田‥やっぱり駄目だと思っていたが‥‥クソッ!!!一番働いてる俺がなんで給料一番安くて筋違いに怒鳴られなきゃいけないんだ!!!)

心の中で七絶は叫ぶ、「それに耐えて大人、社会人」という者も居るだろう

だが七絶は自分の中に絶対のモラルを持ち

「可怪しいことは可怪しい」

と心のその天秤は崩さないで生きている

それが生きる世界を狭めたとしても。


巡回中に何度か他店スタッフに

「大丈夫?」「どうした?」

と言われたが全て「あくびです」で通した。

大丈夫だけで大丈夫なワケないだろう

と思いつつ声をかけられたのは少し嬉しかった。


ただ誤魔化しあくびで巡回してた七絶ではない、日報を提出する際 有田と五分程事務所に二人きりになるので以下を考えていた。


一、三分でケリがつく問答(一、二分は質問のラグと緊急対応時の切り上げの為)

二、途中マネージャーが乱入し 最悪聴かれてもいい内容


たかが二つだがこれを巡回清掃二十分しながら考えるのだ。

だが 七絶なら四、五分あれば解を出せる。

常に最悪を考えているから 後は起きた事象に対してのみパッチをつければ良いだけだからだ。


そして縮めても一メートルあるフラワーダスター、ニキロ程のハンドクリーナー、水で太ったモップを事務所裏に置く

マネージャーが駒として動けば三つも装備なんて要らないがそんな提案は 半無限「ナメてんのか!!!」つまりは意味の無い事。

虚しさを軽く忘れ有田とのディベートに向かう。


「有田さん‥言わないって言ったじやないっすか」

斬り込む七絶

「一応この「事務所の問題」ってなった時、パートさんの異変とかに気付いてくれたのは七絶くんだったからさぁ、どうしても名前出さないと辻褄合わなくて」


(そこの名前を「七絶」から「有田」にすればいいだけなんだが‥‥足りないなぁ‥‥)


有田は役職はマネージャーよか下だが会社勤務は十六年も先輩にあたる

なんでも同僚は昇進する中で給料良くなっても仕事量が吊り合わず辞めた連中を何人か見てきたらしく

この廃れた事務所で守り人を続けている

だからマネージャーにもタメ口が聞けるし我が身大事の選択肢は無い、単純に賢くないだけ。


「‥解りました 日報提出してきます 有難う御座いました」

七絶は百均の黄緑色ファイルを持ち、清掃契約している先方のビルに清掃状況を伝える日報を持っていく 何か意味あんのかこれ


また階段を使って六階の扉を開けると景色が違う

「?‥あれ‥七階か‥」

一フロア間違えただけだった、この時は


目的の六階事務所に着く

「?‥失礼致します」

と二人しか事務所に居ない

「今日は祝日ですよ清掃さん」

今年入った若い兄ちゃんに言われる、土日祝は日報は提出しなくていい決まりがあるのだ

「あっ‥そうっすよね失礼しました‥」

少し崩した言葉を慌てて出しつつ謝罪、後は忍びの如く極限迄音を殺し頭を下げて去る


七絶はメモを見た、そこには書いてあるのに忘れている


「可怪しいな‥来る前にもメモ見たのに‥」


テントンテントン♪テンテテントテン♪


呪物 会社携帯が鳴いている、取りたくないが取るか。

感情の死んだ様な紺色ボディから無慈悲に点滅するライムグリーンを音と共にボタンで止めると、携帯より嫌な音が流れて来る


「頼んどいた土曜清掃申請書出したの?ここにあるんだけど?」

マネージャーの声だ

「! すいません回収して提出してきます!」

むかつく と 焦りが同時に出る。

ってかそこにあるなら出してる訳ないだろ、いい性格してるわクソッ


平謝りをし携帯を畳み、メモを開くと

「やっぱりメモに書いてあるのに‥」


七絶は二十一で辞める手前、記憶の定着が浅くなってきていた


この時点ではまだ 泣けば心は戻る様に出来ていた。

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