溶ける

くつ下竹蔵

第1話 溶ける

 ああ、こりゃダメみたいですね。死んでしまったみたいですわ。ああ、かれこれ36年間、ただ生きてきたわけですが、まさか最後はこんなにもあっけないものになるとは、目も当てられない人生ですな。まあ、目を向けてくれる人なんていなかったわけですが、いや、悲惨すぎて我ながら笑えますな。

 や、しかし、なんとも不思議な状況ですな、これは。六畳一間のゴミと虫どもに溢れた部屋の真ん中で無様に死んじまってる私を、なぜか私が上から見下げている。死んだらどうなるかとか、正直興味なかったというか、まあそんなこと考える余裕もなかっただけですが、いや、まさか、これが幽霊というやつなのですかな。とはいえ、幽霊だというのに何か恨めしいとかは全く感じませんな。たいてい私が落ちてしまうときは、私自身のどうしようもなさとかが関係してしまっていたわけで、今はその肝心の私が死んじまっているもんですから、むしろ清々しいというか、なんというか。

 しかし、死んじまってからいったいどれほど経ったのだろうね、目が覚めたときにはもうすでに私の体はぐずぐずになってたわけですから。お腹が割れてしまってますな、体液がだらだらですな、かつてほんとに生きていたとは思えませんな。ああ、小蝿どもがぶんぶんとうるさいなあ、白いさなぎがそこらに散らばっておる。蛆どもが私の体を貪り尽くそうとしておりますわ。蟲畜生どもに私の体がいいようにされているというのは、やはり良いもんではありませんが、まあ、これも、自然の摂理というわけで、少しでもそれに貢献できていると考えれば、まあ、いいかね。

 ああ、にしてもこうやって私の体は溶けていくのですな。どんどん、じわじわと畳に侵食しながら、私の面積が広がっていくのですね、異臭を吐き出しながら。うん、これは皮肉ですな。生きている間一度も目立たなかった私が、まさか死んだ後にこれほどまで存在感を放つものになるとは。溶けて、異臭をまき散らし、蟲畜生どもを呼び寄せる。その異変に気が付いて様子を見に来た人に強烈なトラウマを植え付ける。初めてですな、こんなにも強烈な存在となるのは。なんだか、感慨深いですな。六畳一間のカーテンの閉め切った部屋から醸し出される、その、圧倒的な存在感。いいですな。

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溶ける くつ下竹蔵 @iwannalive

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