醜い怪物
愛空ゆづ
怪物になる
今前から歩いてくる知らない男は嫌悪感を持って私を見ている。後ろに立っている知らない人が私の足元を見ているが感情はない。なぜわかるのか私にも理解は出来ていない。しかし確実に感じる。私に向けられている視線と感情が分かってしまう。
これを両親に初めて伝えたときはとても驚いていたが、それ以上に私の内面に対して恐怖を抱いていた。
ある時私は家の前で鎖とテープが巻きつけられた箱を見つけた。なんとなく興味を持ってそれを部屋へと持ち帰った。
箱はボロボロで、ほとんど壊れていた。興味本位で私がその箱をこじ開けると中には高級感のある真っ黒な指輪が入っていた。蛇が何重にも巻き付いたような、なんとも気味の悪いデザインだった。驚くことに、その指輪からは私に喜びの感情と訳の分からない感情が向けられている。そして、なぜかその指輪が美しく感じられる。試しに指を通した瞬間、指輪が本物の蛇のように動き出し、指を締め上げられ蛇の頭の部分が私の指に噛みついた。
それから私は部屋の中で一人だというのに誰かに見られている感覚を感じ、日常生活が困難になった。人ではない怪物のような何かが私に対して持つ興味の視線をも感じてしまう。水の中や鏡の中から何かに私は観られていた。
こちらからは目を合わせないようにしていたが、ふと鏡を見てしまい、中の怪物と目が合ってしまった。この世のものとは思えないほど歪んだ、醜い造形がとても美しいものに思えてしまう。その鏡へと手を伸ばすと向こうもこちらに手を伸ばした。鏡に触れた感触で正気を取り戻す。怪物の容姿を思い出して吐いてしまう。その液溜まりの中からも醜い怪物がこちらを見ていた。
部屋に籠ってから数日経ったある日、突然、家の扉が叩かれた。とても人前に出る気にはなれず、無視をしていたが、今度は壊れそうな勢いで強く扉を叩かれる。扉越しに感じられる感情はまともな人間のものではない、明確な殺意であった。私は覚悟を決めナイフを拾って、玄関を開ける。
膨れ上がった殺意が波となって私に襲い掛かる。私は相手が構えるより早くナイフを突き立てる。相手から驚きと痛みの感情が伝わってくるが、膨れ上がった殺意によってすぐに見えなくなった。流れ出てくる血液が地面を汚していく。相手が倒れてからも動かなくなるまで、周囲が赤く染まるまで、何度もナイフを刺した。
確実に殺したはずなのにこちらを見る怪物の感情は全く消えてくれない。複雑な感情と喜びの感情が足元に転がった怪物だったはずのものに向けられる。倒れていたのは私の父だった。窓に映った、血に塗れた醜い怪物は私に恐怖を抱いていた。
これは夢ではない。そう訴えかけるように黒い蛇の指輪が指を締め付けていた。
私は怪物になった。
醜い怪物 愛空ゆづ @Aqua_yudu
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