序章2 【始まりの物語】

「ぎ、ギルドの皆さん助けてください!!」


 ギルドの扉を大胆に開けて飛び込んできた女性は、かなり汗だくの状態で、顔に小さなかすり傷があった。スカートの裾から見える膝にも擦り傷があることから、ここに来るまでの途中で転んだんじゃないかと思う。


レラ「ちょ、ちょっと待っててねセリカさん」


「あ、はい」


 結局タイミング逃しちゃったぁ~。まあ、緊急事態っぽいしいいよね?逃しちゃって仕方ないよね?


レラ「ど、どうしました?そんなに慌ててーー」


「街に山賊がやって来たんです!助けてください!」


 それだけ言って、女性は膝から崩れ落ちるように倒れてしまった。


レラ「だ、大丈夫ですか!?おーい!おーい!」


 ダメね。あれは完全に気を失っちゃってる。ここまで来るのに命でも賭けてきたのだろう。


 ただ、そうなると現れた山賊のことが気になる。一応、東外れの街とは言えど、こうやって想像の何倍も喧しいギルドがあるわけだし、それを知ってたら無計画に街まで降りてくるなんてことはないと思う。つまり、計画性有りか、下見調べをろくにしてない山賊かのどちらかだ。後者であると助かる。


ヴァル「山賊ぅ?んなもんいつものじゃねぇのかよ」


 ーーこの人今なんて?


ヴェルド「バカお前。この女の人を見る限り、いつもとはちょっと違ぇって思えよ。能無しが」


ヴァル「うるせぇな。山賊なんざ日常茶飯事だろうが。むしろ、ここ最近の新作魔法サンドバッグ君だろ」


ヴェルド「それは言えてる」


 ……どういう事なの?え?何?東外れの街故に山賊が毎日のように来るって言うの?そんな危険なギルドに私入ろうとしてた?え?え?


 とてつもない数の疑問符が私の頭の上を踊り狂い、一瞬にして私の脳内を混乱状態にさせてくる。


(……このギルドに入るのやめよっかな。まだ何も言ってないし)


 割と真面目にそんなことを考えてしまった。いや、思ってしまった。


ヴァル「ちょっくら様子見に行くか」


ヴェルド「いつものだと思うけどな」


 そう言い残し、山賊が来てるはずなのに緊張感というものが欠片も存在してなさそうな男2人はギルドを飛び出していった。


ミラ「あらあら、どうしたのかしら?あの2人、かなり慌ててたみたいだけど」


 と、2人が出て行った直後にミラさんが地下の階段から戻ってきた。


「なんか、山賊が襲って来た、みたいなことを言ってたらしいんですけど……」


ミラ「ああ、いつものね。あの2人に任せておけばそこら辺の騎士団よりずっと早く解決してくれるわ」


 ーー聞き間違いかなぁ?今、『いつもの』って言葉が聞こえた気がするんだけど……


レラ「呑気なこと言ってられないよ、お姉ちゃん。この女の人、かなりボロボロだよ」


ミラ「あら、そうなの?大変、急いで救護室に連れて行って」


レラ「うん、それは分かってるんだけど、この人、かなり必死だったよ。いつも通りって感じじゃない気がする……」


ミラ「……レラ。マスターが戻ってきたら報告。私、ちょっと様子を見に行くわ」


 ミラさんの顔から急に覇気が溢れ出た。しかも、穏やかそうだった瞳に力が籠ってる。


 ミラさんはそのままヴァル達のようにギルドを飛び出して行った。それを見た他のメンバー達も、釣られるようにしてギルドを飛び出して行った。


「……やっぱり、緊急事態だったってこと?」


 いつも通りとか何とか言っといて、助けを求めに来た女性がかなり切羽詰まった様子だったと知るや否、全員で野次う……山賊狩りに出かける始末。本当にこのギルド大丈夫?そんな疑問を抱かずにはいられなかった。


 とりあえず、ここでこうしてるのも暇だし、私も野次馬しに行くか……。なんか、緊急事態とか言いながらあの男2人がどうにかしてくれそうだし、危険は多分ないでしょ。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


ヴァル「クソっ、相手が魔導士とか聞いてねぇぞゴルァ!」


ヴェルド「俺だって聞いてねぇよ!この状況、どう責任とってくれんだ!」


 私が山賊が現れたという商店街に駆けつけた時、既に商店からは燃え尽くす勢いで火の手が上がっていた。このままじゃ、他の店にも燃え移って、数時間としないうちに街全体が燃えちゃう……。


 正に山賊らしい行動、今までのがどんなのだったかは知らないけど、これは本気にならないとダメなやつだ。


「ギャハハハ!テメェら魔導士共!大人しくしやがれ!」


ヴァル「あぁ?なんだテメェは!」


「この女が見えねぇかァ?おい」


 山賊の中でも一際身長の高い男が、小脇に女性を抱えてヴァル達の前に立ちはだかった。恐らく、山賊の頭かと思われる。


 人質ってところか。山賊らしく汚いやり方をするもんだ。


「テメェら魔導士がいつもいつも俺達の邪魔しやがって……。お陰様でこちとら毎年人員がどんどん減っていくばかりだ!最弱ギルドのくせに調子乗りやがって!」


「「 誰が最弱じゃ! 」」


「グハァッ……!」


 "最弱"という言葉が癪に障ったのか、2人は人質を気にせず山賊頭をぶん殴った。しかも、火と氷両属性を山賊頭の両の頬に当てて……。


 うわ、痛そう……。敵なら同情するわ……


「お、お前らこの人質が目に見えねぇのか!いいか!ひ・と・じ・ち!」


ヴァル「知らねぇよバカ!」


「し、知らねぇだと!?お前らそれでも街のギルドなのか!?」


 なんだろう……。山賊に説教されるってどんな立場なの?本当にこのギルド何?


「お、お前ら!これ以上近づいたらどうなるか分かってんだろうな!」


 と、山賊頭は左手で炎を作り、女の人の顔に近づける。


 一見危険そうに見えるこの状況。しかし、魔法を熟知している人なら分かる。この状況、そこまで危険じゃない。ナイフみたいな刃物を出されてたら話は別だったけど、あの山賊頭が作り出したのは炎魔法の初級も初級、『フィア』だ。オマケに、炎からそこまでの『マナ』を感じない。ありゃ、当たっても火傷の1つすら付かないわ。


 多分、ヴァル達もそれを理解してるから煽ってるのだろう。でなけりゃ、人質取った山賊相手にここまで余裕ではいられない。むしろ、彼らが苦戦してるのは周りの雑魚共だ。


 あいつら、使う魔法がギガを超えている。並以上の魔導士だ。頭があんなに魔法に弱いってのに、なんで部下達はこんなに魔法が使えてるんだ?


「黒装束……魔法……」


 特にこれといって思い当たる節はない。けれど、こいつらは山賊とはちょっと違う気がする。


 なんだろう?雇われ兵?そんなところかな。


ヴァル「クソっ、あの人質取ったやつは大したことねぇが、周りがやべぇな」


ヴェルド「ああそうだな……ヴァル、合わせられるか?」


ヴァル「任せとけ」


ヴェルド「アイスグラウンド!」


ヴァル「火龍の咆哮!」


 ヴェルドが足元から敵を凍らせ、動けなくなったところをヴァルの炎が身を焼き尽くしにかかる。しかし、黒装束の山賊達は、防御陣を張って炎を防ぐ。


 仮にも龍殺しドラゴンスレイヤー。威力は相当なもののはずだが、ただの防御陣1枚で守りきれるなんて……


 ーー只者じゃなさそう。それが周囲のギルドメンバー達にも分かったのか、皆が1歩を引いてしまった。


(最弱のギルド……こんな戦闘には慣れてないってこと?)


 山賊は日常茶飯事みたいなことを言ってはいたが、それは相手が魔法を使わないという前提で戦えたからなのだろう。しかし、ヴァルやヴェルドを除き、他の面々は相手が並以上の魔導士だと知るや否、冷や汗を垂らしてしまうくらいにはビビっている。それでも魔導士か!って言いたいところだけど、この人達は国の最東端に位置するギルドメンバーなんだよね。しかも、周りにはグランメモリーズ以外のギルドは無い。ギルド間の闘争なんてものも無さそう。


 最弱って呼ばれるそれなりの理由が見つかった。残念なことに……まあ、でも、こんなギルドなら大丈夫かな?


 戦い慣れしない彼らに変わり、私が山賊を倒す。そのために、私は桜色の鍵を握った。


ヴァル「おいお前ら!逃げんじゃねぇ!」


ヴェルド「フウロにバレたら殺されるぞ!」


 と、私が魔法を行使しようとした瞬間、2人のその叫び声で逃げ出そうとしたメンバー全員の足がピタリと止まった。『フウロ』という名前に何かがある?


 そういや、今更だけどミラさんってどこ行ったんだろ?


「おいおい!どうしたグランメモリーズ!やっぱテメェらは最弱だなぁ!」


ヴァル「んだとゴルァ!」


 ヴァルが炎を纏わせた拳を振るうが、それを黒装束が3人がかりで防いだ。


ヴァル「クソっ!」


ヴェルド「あんまり突っ込みすぎんな、ヴァル!」


 ダメだ。2人とも強いけど、相手の数が多すぎることが災いしてる。やっぱり、私が戦うしかないか……


「……サモンズスピリット!カグヤ!」


 桜色の鍵にマナを送り、私は契約精霊である『カグヤ』を呼び出す。黒髪ロングの和装ヒロインみたいな格好をした人型の精霊。私が持つ契約精霊の中でも、トップクラスに位置する存在だ。


カグヤ「お呼びですか。お嬢様」


 カグヤは物凄く礼儀が正しくて、それでいて私に絶対的な忠誠を誓ってくれる。前に友達みたいな感覚でいいよって言ったんだけど、それはカグヤの心が許さないらしい。なんでかは知らない。


「カグヤ、ヴァル達を助けてあげて!」


カグヤ「かしこまりました」


 カグヤが何もない空間に刀を生成し、それを使って黒装束の山賊を斬り伏せていく。魔法は防げても、物理の方には弱い。これが並以上、上級以下の魔導士だ。


ヴァル「……!?セリカ……?」


 ヴァルに気づかれはしたものの、元々このギルドに入るつもりで来てたんだもん。戦えるところを見せたって問題ない。


「カグヤ!ヴァルとヴェルドのサポートを!」


カグヤ「了解」


 カグヤは次々に黒装束の山賊を斬り伏せていき、最終的には山賊頭の首筋に刀の刃を当てていた。


「ひぃっ」


カグヤ「どう致します?お嬢様」


「どうするって聞かれても……」


 一応、街に火の手を放ったわけだし、それ相応の制裁を加えるべきなんだろうな。


 うーん?でも、この山賊頭凄いビビってるし、本職なのかなぁ?これじゃぁ、そんじょそこらの魔導士の方が強いし怖いよ。


ヴァル「火龍の鉄砕!」

ヴェルド「アイスグロウ!」


 ーーと、私が呑気にしていると、この男2人は一切の躊躇いなく、カグヤが引き止めているところを、無慈悲にも魔法の威力上乗せでぶっ飛ばした。さっきまでの喧嘩からは考えられないほどに息を合わせ、同じタイミングで殴り飛ばしたのである。……ちょっと可哀想。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


ヴァル「いやぁー、助かった助かった!」


 そう言いながら、ヴァルが私の背中をバシバシと叩いてくる。加減知らずなせいか、凄く痛い……


 来た時はあの2人だけが喧しかったが、今のギルドは本当に動物園かと思えるくらいに全員が喧しい。


ヴァル「まさか、うちにやって来た依頼人が召喚魔法を使う奴だったとはな!」


ヴェルド「それも、十二級精霊だとよ!うちに欲しいくらいだ!」


 あ、この2人酒入ったね。もう言動がそれだ。


レラ「うちは喧しさだけが取り柄って言ってもいいからね~。ところで、セリカさん。すっかり聞き忘れちゃったけど、依頼について話聞こうか?」


 あ、そういやそういう件だったの忘れてた。


「あの、依頼ではなくて……」


レラ「依頼じゃない?」


「はい。実は私、このギルドに入団したいなぁって思って来たんです」


レラ「…………」


 レラが急に狐につままれたような顔をした。何か変なこと言ったかな?


レラ「お姉ちゃん!さっきのアレ見てうちに入りたいっていう変人が来たよ!」


「へ、変人!?」


 レラのその言葉を合図に、みんなの視線が一斉に私に集まってくる。確かに、さっきのアレを見た後でこのギルドに入りたいなんて言う人は変人なのかもしれない。でも、私はアレを見るよりも前から入りたいと思ってた。変じゃないよね?ね?


ミラ「あらあら、セリカさんだったっけ?本当にうちのギルドに入って大丈夫?長年いる立場だから言うけれど、苦労するわよ?」


「いえいえ、そんなの大丈夫ですから~」


 過去にあったことに比べりゃ、このギルドは生温い方だ。東外れの街なんだし、ギルド内で問題は起きても、その外で起きることは絶対に無い。


「大変だお前らァ!鬼姫が帰って来たぞォ!」


 と、和やかで喧しかったムードが一転、突然扉を開けて入ってきたギザギザとした髪型が特徴的の黒髪男性の一言でギルドに震撼が走る。


「おいグリード。誰が鬼姫だと言うのだ?」


「あ、ヤベ……」


 『グリード』と呼ばれた男の後ろから、紅色に染まる綺麗なストレートの女性が現れた。


 整った顔立ちに、理想体型とでも言うべき引き締まった肉体。更に、サラッと流れる紅色の髪が、その美しい容姿に更に磨きをかけている。女性の私から見ても、思わず「好きです!」って言ってしまいそうになるくらいには羨ましい美しさを持つ女性だった。


 ーーこんな人が鬼姫って何があるんだろう?


「初めまして。私の名前はフウロ・スカイローズ。見ての通り、鬼姫などという不名誉なあだ名を付けられる者だ」


「あ、どうも……」


 フウロと名乗った女性、私の前にまでゆったりとした足付きで近づき、右手を差し出してきた。


 私はそれを握り、軽く握手をする。……ん?フウロ?あれ?なんか昼間辺りに聞いたことがある気がする。


フウロ「外から話し声は聞こえていた。どうやら、十二級精霊を操る精霊魔導師だそうじゃないか」


「えへへ……フウロさん。どっから聞いてました?」


 今、この人、外から話を聞いてたって言ったよね?しかも、十二級精霊のくだりってもっと前だったよね?


フウロ「フウロさんだなんて他人行儀だな。フウロでいいよ。君は私達の仲間になるのだからね。ーーで、しばらくの間目と耳を瞑っていてくれ」


「……?」


 よく分からないことを言われたし、私の質問にも答えてくれなかった。だけど、ただならぬ殺気が私の胸を貫き、私は素直に言われた通りにした。


 ーーそこから先のことは、わざわざ語るまでもない……というか、私は語りたくない。それ程までに凄惨なことが起きた。耳を塞いでるはずなのに響いてくる悲鳴が、私の恐怖心を大いに駆り立て、この人には逆らっちゃダメだと本能で忠誠を誓わされた。……一瞬、人が死んだかと思った。冗談抜きで。

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