グランストリア

水瀬ヒカリ

【序章】私が描く物語

序章1 【あの日描いた物語】

 突然だが、君達は"神様"という存在を信じるだろうか?


 君達は"記憶"というものがどういったものなのかを理解しているだろうか?


 君達には、君達の"物語"が存在するだろうか?


 ーー僕かい?そうだねぇ、僕には"あった"かもしれないし、"無かった"かもしれない。自分でもよく分からないよ。なんせ、記憶なんて非常に曖昧で、どこに存在するのかよく分からないのだからね。


 ん?神様の存在について?


 そうだねぇ、神様かぁ……。都合が悪くなった人間が最後に擦り寄って、願いを叶えてもらう存在……。そんなの、いたらいいねぇ。まあ、いるんだけども。


 ーーこれから君達にお話するのは、世界に愛されすぎた1人の少女と夢の中を生きた1人の少年を巡る、哀しく切ない世界を生きた冒険譚だ。いや、恋愛譚と言ってもいいかな?やたらと恋愛要素が色濃くなっていくわけだしね。といっても、いきなり本編に入るには前提が足らなさすぎると僕は思う。そこで、第1章と称して1人の少年についての物語ぜんじつだんを語ろう。まあそう焦るなって。君達にとっても、僕にとっても、この物語は必修科目なのさ。まずは、プロローグらしく、序盤を彩るように語ってあげようかーー


 『記憶』ーーそれはどういったものだろうか?目には見えない、けれどそれがなければ人はただの廃人となってしまう。

 『絆』ーーとはどういったものなのだろうか? 相手との繋がりなんて誰にも分かりはしない。でも、もしあなたが私にとっての『運命』ーーだったのなら……。


 人は、1人1人それぞれの『物語』を描いている。君もそう、僕もそう、1人1人が無限の『可能性』を秘めている。


 始まりから、魔獣、侵略者、龍、時、選択、色、戦い、悪魔、家族、深海、死、記憶、物語、英雄、勝利、歌……。


 ーーこの単語の並びに特に意味はない。ただ、この世界にはありとあらゆる"可能性"がある。今紹介したものは、全てその"可能性"の1つに過ぎない。この世界は無限の『物語』で満ち溢れている。


 さあ、君はこのなんでもできる世界で、どんな物語を描く? 是非とも僕に教えて欲しい。僕は、君達1人1人の物語を読みたくてうずうずしている!……おっと、ちょっとだけ僕の感情が爆発してしまったようだね。失敬失敬。


 ーーでは、語りを終えたところで、引き続き僕が物語を様々な視点で語っていこう。ん? 題名をまだ聞いてないって? おっと、忘れるところだったよ。


 これは、無限の時間に囚われた世界から、1人の少年と少女が悲しみの連鎖を断ち切らせた物語ーー名を、【グランストリア】と呼ぶ……


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「ねぇ!ちょっと待ってよ!」


「へへ、ここまで来れるもんなら来てみろよ!」


 淡い桃色の髪をした小さな少女が、濃い赤髪の少年を追いかける。少年は小高い丘の上にヒョイと飛び上がり、少女を見下ろすようにして仁王立ちをする。


「はぁ、はぁ、はぁ……やっと追いついたぁ~」


 大人1人が登るなら小高いと言えるほどの丘だが、少女の身長からすればそこそこに高い丘。オマケに、凸凹と岩が突き出ていて、安全に登りきるのは少女にとって至難の業だ。その丘の上に、少女は息を切らしながら登りきる。


「こんな事でもうへばったのか」


「あんたが早すぎるの!」


 煽ってくる少年に対し、少女は頬を膨らませて睨む。だが、少年の方はそんなことを気にせず、西の方角に指をさしてこう言う。


「なあ、これ見てみろよ」


 少女は膨れっ面を残しつつも、少年が指さした方に目をやる。


「……わぁ、キレイ……」


 情熱的に燃える夕焼けの焔が、2人の影を緋色に照らしている。


「だろ?」


 少年は鼻高々にドヤ顔を作り、少女の方に目を向ける。


「もしかして、これを見せるためだけにここまで走ってきたの?」


「当たり前だ。早くしないと沈んじまうからな」


「夕焼けはそんな早くに沈まないよ?」


「でも、早いに超したことはねぇだろ?」


「まあそれもそうか」


 2人は緋色に燃え上がる夕焼けをバックに手を取り合う。


「なあ、今度海に行こうぜ」


「うん!約束だよ!」


「あぁ、約束だ」


 2人は取り合った手を小指だけ突き立てるような形にし、指切りを交わす。


 決して忘れることのない、でも、叶うことのない強い"約束"をーー


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 水界暦1145年4月1日。


 暦の上だとすっかり春満開って感じだけど、この国は春だからなんだって感じで、出会いもなければ別れもない。いや、春に限った話じゃない。年柄年中そんな感じだ。


 まあ、だとしても、私は季節柄に敏感なタイプの方で、就職するなら春にしたいし、夏は海に行ってとことん遊びたいし、秋は…………秋は読書を楽しめばいいよね!で、冬はクリスマスやらお正月やらと、外国文化の方が目立つけど、それもちゃんと網羅しなくちゃ!


 あ、ちなみに私はセリカ。セリカ・ライトフィリアって名前で、ちょーっとだけ面倒臭い環境で育った。今は、『グランアーク王国』の東外れの街『シグルア』に来たところだ。なんで、そんな辺鄙な場所にある街に来たのかと言うとーー


「グランメモリーズ……、ここなら……!」


 『グランメモリーズ』。それは、ギルドと呼ばれるこの国に数多く存在する組織の1つで、特にこのギルドは"魔導士ギルド"に分類されるほど魔導士がたくさん働いている。しかも、1000年くらい前から存在してるらしく、かなり歴史が古いらしい。


 私はここで新たな物語を描く。絶対に描いてやる!……今まで、一応他のギルドに勤めてたことはあったのだけれど、なんだかんだの理由で退団せざるを得なかった。でもでも、今度こそは長続きしてくれるはず!なんせ、こんな国の最東端にあるようなギルドだからね。そうそう問題は起きないでしょ。


 というわけで早速ーー


「お邪魔しまーー」


「火龍の鉄砕!」


「アイススピア!」


 ……


 ……


 ……あれぇ?早速問題が起きそうなギルドなんですけどぉ?


 ギルドの扉を開けた途端、目に飛び込んできた光景は、濃い赤髪をした男と、後頭部側の寝癖が主張してくる黒髪の男とが"魔法"をぶつけ合っている光景だった。


「あ、あの……」


「テメェ!俺が仕事帰りに食おうと隠してたプリン食いやがっただろ!火龍の咆哮!」


「この俺に食ってもらえたんだ。ありがたく思えよ!アイスブレス!」


「あっつ!冷たっ!」


 2人のブレス系魔法がこちらにまで飛び火してくる。炎の熱さと氷の冷たさが、素肌になってる私の腕を攻撃してくる。


 ーーあの、ここは動物園か何かかな?


 そんな疑問を抱かずにはいられなかった。それ程までに喧しく(主にこの2人だけど)、魔法を肌で感じることが出来た。


「あらあら、お客様が来てもだぁれも気付かずね」


 呆然としていると、1人の黒ワンピースに身を包んだ茶髪の女性が私の前にまでやって来た。


「あ、あの~」


「私の名前はミラ・ヴァイラル。ここグランメモリーズの経理を担当してるわ」


「あ、私セリカ・ライトフィリアって言います。それでなんですけど……」


ミラ「ごめんなさいね~。いきなりこんなもの見せちゃって」


 "こんなもの"っていうのは多分今私が見てたので間違いないだろうな。


「火龍の蹴撃!」


「アイスブレイド!」


 ミラさんの後ろの方では、まだあの男2人が魔法合戦を繰り広げている。周りにいる(恐らく)ギルドメンバーの人達は、寸劇でも見ている感覚なのか、普通に酒を飲んだり料理を口に運んだりしていた。当たり前の光景ってやつ?


ミラ「とりあえず、この2人にはーー」


 男2人が丁度揉み合ったところに、ミラさんが首筋を狙ってチョップした。すると、男2人はパタリと倒れてしまい、さっきまでの喧しさが一気に消え去った。


ミラ「さ、とりあえず座ってくださいな」


「あ、はい……」


 この時、私は僅かながらに恐怖を抱いた。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


ミラ「さぁさぁ、とりあえず何か食べる?」


「い、いえ、一応お昼はもう食べてるので……」


ミラ「そう、じゃあ、すこーしだけ待っててくださいな」


 ーーどうしよう。ただこのギルドに入りたいって伝えたいだけなのに、なんか依頼人がやって来たみたいな雰囲気になってる……


「直接やって来る依頼人だなんて久し振りだな!」


「もしかしたらとんでもねぇくらいにデケェ仕事かもな!」


 この2人は秒で起き上がった。そして、さっきまでの出来事が無かったかのように仲良くしている。あのチョップに何かの魔法が込められてたのかな?まあそれは良くて、この2人は赤髪の方が『ヴァル・ゼグラニル』、黒髪の方が『ヴェルド・グレイディス』という名前だ。


 さっき見たように、ヴァルが火属性の魔導士で、龍殺しドラゴンスレイヤーというあまり聞き慣れないタイプの魔導士。で、ヴェルドが氷属性の造形魔導士という、有名ではあるが割と珍しいタイプだ。ちなみに、造形というのは魔法を用いて物を作るということ。すぐに壊れちゃうんだけど、使い方によっては地面とか空間を変えることが出来るなど、割と自由度が高い魔法だから習得しようとする人は多い。


「……」


ヴァル「なぁ、お前」


「は、はい!」


 赤髪の方の男ーーヴァルが目の前にドカッと座り、肘を前に出してこちらを見つめてきた。


ヴァル「今日はどんな依頼だ?魔獣討伐か?それとも山賊退治か?それとも宝探しか?ええと……」


「あ、セリカです」


ヴァル「そうそう、セリカ。で、どんな依頼なんだ?」


「依頼というよりも……」


 もうここしかない。結局みんなから"依頼人"って認識にされてるけど、ここで目的をハッキリ言っておかないとギルドに入ること自体叶わなくなりそうな気がする。というか、タイミング的にもここで言うべきだよね?


ヴェルド「おいおいヴァル。いくらデケェ仕事かもって言っても、山賊退治は勘弁願うぜ。俺の手が血で汚れんのは嫌だからな」


ヴァル「いい加減ナルシストやめたら?鈍感ド腐れ野郎」


ヴェルド「おいテメェ、誰がナルシストだゴルァ!」


ヴァル「誰も言ってねぇよバーカ!」


 あー……うん。ミラさん来るまで黙ってようかな?話に割り込める気がしない……。


「どーお?うちのギルド。何があっても喧しいでしょ?」


 と、再び呆然としかけた私の隣に、ミラさんによく似た茶髪ショートボブの女の子が腰をかけてきた。


「えっと……」


「初めまして、セリカさん。私、レラ。さっきまでこのギルドのまとめ役みたいな女の人いたでしょ?」


「うん」


レラ「あれの妹」


 なるほど。通りで似てるわけか。


レラ「で、セリカさん。あんな調子だから話しづらいと思うけど、今日は何の用?やっぱり依頼?」


「あー、えーっと……」


 よし!次こそチャンス!ここでハッキリと言えセリカ。今までのギルドは難なくこなせたじゃないか。ただ単にこのギルドの雰囲気にビビってるだけでしょうが。


 私は小さく深呼吸をしてから口を開く。


「あの、今日はーー」


「ぎ、ギルドの皆さん助けてください!!」


 私がいよいよもって話をしようとした時、またしても別の何かがそれを拒んできたーー

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