隣の席の美少女が告白を躱すために俺を強引に偽彼氏にしてきた

孔明丞相

第1章「隣の女子はよく告白される美少女だ」

第1話「修羅場」


「「「付き合ってくださいっ! お願いします!」」」


 俺は幾重にも重なる縁遠い言葉によって強引に現実世界に引き戻された。

 俺はそもそも男であるので男から告白されることはまずないし、生まれてから一度も告白をされたことがないので絶対に自分ではないと分かっていながらも、眩い光に目を擦り、何とか慣れていくとそこには所謂「告白の瞬間」の場面が広がっていた。しかも三人が一人の女の子に対して同時に告白をしている状況だった。


 しかし俺に動揺はない。これは日常茶飯事と言っても差し支えないほどに当たり前の光景だったからだ。


 偶然、隣の席に座っている件の少女は超が付くほどの別嬪さんである。艶やかな黒髪をツーサイドアップにまとめ、動作全てに品がある。成績優秀、スポーツ万能でこの世のものを全て兼ね備えているかのような少女である。男女分け隔てなく接し、はきはきとした性格はたまに傷になる時があるが、それでもそこを好む男子は多い。


 俺は意識がはっきりしてきたところであることを悟った。


(……手遅れなやつだ)


 如何に彼女への告白が日常になっているとはいえ、野次馬は多い。それは彼女が誰からのプロポーズも受け入れていないからだろうが。誰ならば彼女のハートを射抜くことができるのか、その男とは一体誰なのかをこの目で見ないわけにはいかない! という人間の要らない探究心が燻られているのだろう。


 俺の席は窓側であり、隣の席である彼女も必然的に窓側になるわけだが、そうすると野次馬は廊下あたりで陣取ることになる。

 彼らも一応、パーソナルスペースを考慮しているのか、ずかずかと入ってくることはなく、廊下やドアの付近で聞き耳を立てて動向を見守っている。


 俺も役割的には野次馬のはずなのだが、どうしたことか当事者たちとの方が距離が近い場所に座っていた。

 これはまずい。すこぶるまずい。


 このまま居座り続けると邪魔であるのは自明である。だが一方で今下手に動けば注意がこちらに集まることになる。後で陰口を叩かれるのはごめん被りたい。


「前原くん、松本くん、栗田くんが私のことを好きだって言ってくれるのはとっても嬉しいんだけど……。ごめんなさい」


 俺がとやかく考えている間に告白は失敗してしまったらしい。野次馬からも残念そうな雰囲気と小さな安堵のため息が漏れて聞こえてくる。

 三者の反応はがっくりと肩を落とす者、だろうなと納得する者、嬉しそうに笑みを浮かべている者、と様々だった。フラれて嬉しそうに笑みを浮かべている奴の気持ちはよくわからないが、ともかく、これで告白の儀式は終わりを告げる。はずだった。


「何となく、告白する前からダメだろうなってことはわかってた。男として情けないかもしれないけど、どこがダメだったのかとか聞いてもいいかな?」

「どこがダメだ、とかどこが嫌いだってことはないよ。前原くんはかっこいいし、運動している姿はキラキラしてる。私程度じゃもったいない人だし……きっと前原くんを好きだって思っている女の子は近くにいるから」

「吉川さん程の美人がもったいないって言っちゃったら他に敵う人はいないと思うけど…..。まぁそっか。ありがとうな」

「うん、ごめんね」


 前原はフォローさせるように仕向けた聞き方を恥じたのか手を後頭部にかけて小さく頷きながら去っていった。彼はこれからトイレに座りにいくのだろう。俺も昼休みが終わる前には一度行っておきたいのでできればその時までに泣き止んで居て欲しい。


「前原が聞いたなら俺も聞いていいかな? 凛には俺のどこが気に食わないんだ?」

「松本くんに対しては結構あるよ? まずはその聞き方だね。他人ができたから自分もできるだろうっていう考えは改めた方が良いかな。あとまだ数回しか話したことないのに急に名前呼びにするのは女の子からするとちょっと嬉しくないかな。さらに女の子を遊びの道具としか思っていないっていう噂が耳に入って来てるんだけど本当? 人間として軽蔑するな。松本くんはもう一度自分のことをよく見直した方がいいよ」


 クリティカルヒット三連続。松本は自分が選ばれる未来しか思い描いていなかったようで、繰り出される言葉のナイフに茫然自失となり、友達によって連行されていった。

 指摘した彼の所業の数々はほとんど真実であるようで、彼に不快な気持ちを抱いていたらしい女子の中にはうんうん、と強く頷いている者がいた。

 俺ですら軽く軽蔑する具合なのだから、異性である女子からしてみれば考えられないことなのだろう。俺はすっかり脱出することを諦め、この場の雰囲気が早く終わることを望んでいた。


「もう実は彼氏がいるんじゃないの〜かな〜?」


 場を凍り付かせる一言を発したのはニマニマと笑みを浮かべている栗田だった。

 彼の疑問はもっともであるが、それを疑う人間はこの教室のどこにもいなかった。


 その理由は吉川凛の恋愛事情はほとんど筒抜けになっていると言っても過言ではないからである。尾行調査という名で言えば多少マシにはなるものの、確実に犯罪行為であるのだが、一週間に渡って構成員A〜Gによる尽力のおかげで吉川凛に彼氏がいないことは証明されているからであった。


 俺は全く関与していない。だが隣の席ということもあり、その日にあった出来事を話さなければならず、その見返りとして俺個人としては全く関係がないし必要もないこのような情報を共有させられている。

 彼らにとっては俺はただの情報提供者であり、それ以上でもそれ以下でもないのだろう。俺だって罪悪感を感じているので今すぐにでも抜け出したいのだが、人は一人では生きていけない。

 無視されることすら他人を必要とするのである。


「……どうしてそう思ったのかな?」


 今日が普段と違って野次馬の意識を引いたのは彼女が少し落ち着きがないように返答をしたからだろう。まさか、もしや、と完全否定していた感覚がじわじわと大きくなっていく。


「吉川さんは別に男嫌いなわけじゃないよね?」

「……? 男性に対して嫌悪感を抱くことはないけど」


 栗田の意図することがわからず困ったように返答する吉川。

 男女分け隔てなく接するのは彼女の美点の一つであることは誰もが知る事実。それを今更確認したところで何も変わるはずがない。野次馬の一部ではただ注目を集めたいだけじゃないのか、という声が出た。


「けど、僕を含めて告白した全ての男子の告白を断ってるよね? しかも丁寧にアドバイスまでくっ付けて。それってさ、『私はもう先約があるから他の人を探してね』ってことじゃないの?」


 栗田の攻めに彼女は何も答えない。

 まさか本当に彼女には誰にも秘密にしていた彼氏がいるのだろうか。それとも栗田の言い方が少々キツかったので必死に涙を堪えているのだろうか。


「わかった。今から本当のことを話します」


 昼休みが残り5分というところで彼女は口を開いた。

 構成員からの情報のみで戦ってきた男子たちにとって本人からの情報開示は一言一句漏らしたくないだろう。それに男子の視線を独占している彼女に対して思いを抱いている女子にもこれから彼女が話すことは気になることに違いない。

 そして、後になって思う。俺はその場で留まるのではなく、多少の視線はあっても野次馬の中に逃げ込むべきだった、と。


「今まで黙っていてごめんなさい。私の彼氏はもう埋まってるから。ね、星野くん」


 空いた口を塞ぐことすら忘れ、呆けている俺にウインクを飛ばしてくる。その表情は確かに綺麗で美しくかわいいのだが……。

 この時ほど、俺は自分の苗字が星野であることを恨んだ時はない。

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