第6話 比翼
作戦決行日。
鼻で笑ってしまうような、清々しい快晴だった。
装備に不足がない事と、服の下で包帯がしっかり締め付けられているのを確認しながら、飛行場に向かう。
仲間が一人作戦に向かうというのに、見送りに来ている兵は一人もいなかった。冷たいとは思ったが、責める気はない。彼女の姿を、明日は我が身と受け止めるだけの勇気は、まだ彼らには備わっていないのだから。
無骨な戦闘機の足元で装備を整え、教官から最後の教えを受けていた和泉二等兵は、私の存在に気付き、キョトンと目を丸くした。本当に、感情がそのまま顔に出るやつだ。
「九条、上官……」
「その様子だと、あまり緊張はしていないな。まぁ、そこの心配はしていなかったが。……教官、あとは私が引き継ぐ。今までありがとう」
「はい。ご武運を、お祈りしています……っ」
私達に敬礼する教官。私も、次いで慌てて和泉二等兵も、敬礼を返した。彼が去っていくと、広い飛行場には私と彼女だけになった。
「……上官、どうして」
「どうしても何も、この戦闘機は二人乗りだ。いくら知識があっても、本番でやらかさないとは限らない。なら監督役は必要だろう」
「で、でも、だからって上官が」
「お前、私が自室に戻るかもしれないとは考えなかったのか?」
またキョトンとした顔をする和泉。直後、
「…………~~~~~っ!」
顔を真っ赤にして、声にならない羞恥の叫びをあげてきた。少し溜飲が下がる。そう言えば、彼女のこういう顔は見たことがなかった。いつも私に迫るばかりだったから。
「よ、読んだんですか?」
「全部な」
「っ……。……上官、私……」
「すまなかった」
「……え……?」
深く、深く頭を下げる。上官が二等兵にするような行為ではないが、そんなこと
は、どうでもいい。慌てた和泉が、こちらの肩を掴み、頭を上げさせようと揺さぶってくる。
「じ、上官、頭を上げてください、そんな……!」
「私は、お前のことをまるで見ていなかった。お前はずっと私のことを見てくれていたのに」
「そんなの、そんなのいいですから、ですから…っ」
「いいや、これだけは謝る。なにがなんでも。……本当に、すまなかった」
肩を掴む手がびくりと震える。そして力が抜けるように、ゆっくりと離れていった。
「……謝るのは、私の方です。……もっと早く言うべきだって、早く全部話さなくちゃ、って、思っていたのに……上官に嫌われたらって思ったら、どんどん言えなくなっちゃって……」
「もういいんだ。お前の気持ちはよく分かった。……だから、私も一緒に行かせて欲しい」
頭を上げ、彼女を正面から見据える。彼女の目は動揺していた。
「お前が特攻に志願したのは、私の為だったんだろう? お前が出撃出来なくなれば、次に候補に挙がるのは私だから」
この基地に集められた人間の価値に貴賤はない。たとえかつて、英雄と呼ばれていようとも。なにより、彼女の信じる私は、そういうことをする人間だった。自分の命を軽視し、民衆のために戦う英雄なのだから。
「だが、それは私も同じだ。私もお前に死んで欲しくない。あぁ、そうだ、正直にいうとも。私は、お前に生きていて欲しいんだ」
「っ……でも、でも、そんなの……」
「分かっている。私は別に、死に行くつもりなど全くない。二人で生き抜こう。私の為に。お前の為に」
服の裾を捲り、素肌の上に巻かれた包帯を晒す。彼女の目が驚きに見開かれた。
「……お前と同じだ。お前の病巣を医者に訊いて、私の同じ箇所を、医療班に摘出させた。お互いに生きて戻ったら、その時は元の鞘に納めればいい。どちらかが生き延びたら、そいつは病を治し、生きる。……平等だ、嫌だとは言うまいな」
彼女は。和泉燕二等兵は、ゆっくりと、震える目でこちらを見た。そして、クシャリと崩すように笑みを浮かべ、
「待て待て待て、泣くな泣くな! 全くお前は本当に!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます