第2話 餌付けし甲斐のあるエルフ、あらわる
『こちらバッハイム王国軍第三師団、リベルト=ブジャンナック師団長! 現在魔族の襲撃を受け、被害多数! 応援求む!! 繰り返す!! 至急応援を求む!!』
仕事疲れを癒そうと乙女ゲーを始めたのに、初っ端から不穏な雰囲気である。
私のスマホには今、必死の形相で助けを呼ぶ金髪イケメンが映し出されていた。
この人の耳、普通の人間よりも長い気がする。ムービーにも出ていた、エルフ族なのかな。
しかもそのムービーで見たエルフより数段カッコイイ。
森の番人であるエルフといえば華奢なイメージだけど、このエルフさんは戦士なのか細いながらガッシリとした体格だ。
ふふふ、筋肉好きな私にはそこもポイントが高いぞ? きっとご飯なんてモリモリ食べる系だ。実に餌付けし甲斐がある!!
……ただ、ちょっと待ってほしい。
「え? なにこれ……戦争? これってそういうゲームだったっけ? キャラクターの選択とか説明は……うわ、グロッ!? 後ろでモンスターの手足が吹き飛んでいるんですけど……」
戦争映画もかくやと言うほどの激しい戦闘が、画面上で繰り広げられている。
爆発音や人の叫び声がスピーカーから大音量で流れてきたせいで、驚いた私は思わず音量をミュートにしてしまった。
え、そもそもどういう状況なんですか?
操作の説明すらないし、何をすれば良いのかさっぱり分からない。
「この画面の人、さっき救援がどうのって言っていたけれど……」
音声を切ったから何も聞こえていないけれど、イケメンのエルフは今もこちらに向かって何かを叫び続けている。
しっかし、凄いリアルな演技だなー。
モーションに実際に誰かモデルを使ったのかしら。知らない声優さんだったけど、随分と迫真なセリフだった。
たぶんこのエルフさんが主要キャラの一人なのかな?
グラフィックの作り込みもこだわっていて、肩口で揃えられた金髪が動きに合わせてサラサラ~って流れている。顔や身体にベットリ付いた血糊も本物みたいな質感だ。
ていうか、うん。リアルすぎる。
最近のスマホゲームは進化し過ぎじゃない?
……しかし残念だ。
こだわるポイントはそこじゃないのだ、運営陣よ。
たしかにこのイケメンは私の好みドストライクな餌付け対象だけど、初手で血
普通はさ、お城の中庭とかで運命的な出会いのシーンから始まるもんでしょうよ~。
それに折角の美形なのに、目が殺意で血走っているし、顔つきも尋常じゃなく怖い。戦闘中だからってのはあるだろうけれど、これじゃ第一印象が悪すぎるのよ!!
「……いつまで続くんだろう、このムービー。スキップとかできないのかな」
殺戮シーンをずっと観させられていたせいで、段々と気分が悪くなってきた。
あ、ゴブリンっぽいモンスターが現れた。
エルフのイケメンはそれを剣で一刀両断に切り捨てた。そのあとに地面に転がっている仲間のエルフを引き摺って助け始めた。
うん、カッコイイ。でも強くて仲間想いの良い男なのは分かったから、さっさと次のイベントに進んでくださーい。
「ムービーをスキップしようにも、画面にはそんな項目はどこにもないのよね」
代わりにあるのは、“支援”と“通話”というアイコンのみ。せめて解説してくれるお助けキャラでもいれば話は別なんだけど。
……このままボーっと観ていてもしょうがないか。エルフさんとの会話を試みてみよう。
私はおそるおそる、音量を元に戻していく。
『クッ、キリが無いな……しかし、せっかく使えそうな魔道具を得たというのに。神は我々バッハイムの民をお見捨てになったのか?』
あ~、なるほど。
このエルフさんはプレイヤーと通信ができるアイテムを持っているって設定なのね。
これがオープニングイベントだと仮定すると、私が彼を助ければいいってことなのかしら。つまり、“支援”と“通話”をしないとゲームが始まらないってこと?
「う、うーん。ちょっとだけ試して、合わなかったらアンインストールしよう。さすがに戦闘ばっかりだったら、私にはハードすぎる」
戦闘シミュレーションやグロは嫌いじゃないけれど、判断を急かされる系のゲームは大の苦手なのだ。
そもそも私が求めているのはイケメンの癒しである。殺し合いでドキドキハラハラさせられては、ちっとも息抜きにならない。
「えっと、まずは“通話”をすればいいのかな? “支援”はまだ何をしたら良いか分からないし……」
電話の受話器のマークをタップする。するとエルフさんの目が途端にギョッとなった。
『だ、誰だ!? その顔は……まさか人間なのか!?』
え? その人間って私のこと?
私が“通話”を選択したことで、向こうは初めてこちらを視認できた……ってことかしら。
この流れだと恐らく、このあとは自己紹介になるパターンかな? きっと次は私の名前を聞かれるんじゃない?
『あぁ、取り乱してすまない。なにしろ緊急事態で……改めて私はバッハイム王国軍、第三師団のリベルトだ。そちらの……貴殿の所属と名前を教えてもらえるだろうか』
あ、やっぱりね。なるほどなるほど。
まるで実際にキャラクターとの会話をしているかのような演出をすることで、ゲームへの没入感を狙っているのね。
私は姿勢を正し、どう答えるか考え始めた。
こういった、なりきり系のゲームって実は危険だったりする。
上手いことこちらの心を揺さぶって、課金に誘導するのだ。特にこの手に慣れていない初心者プレイヤーは引っ掛かりやすい。
ふふふ、しかし甘かったわね。
どこの会社がこのゲームを作ったかは知らないけれど、そう簡単にこの私を
こっちはかつて、重課金ほぼ必須の学園恋愛モノ乙女ゲーで難攻不落キャラを無課金で堕とし、公式から“生きたバグ”とまで言われた女なんだからね!!
『む? 聞こえていないのか? この魔道具も使い方さえ分かれば……』
「あっ、ごめんなさい。ちゃんと聞こえてます!!」
ついつい辛い過去の記憶を思い出してしまっていた。
運営に修正という暴力で、クリア報酬の特別スチルごとクリアデータを奪われたんだよね。私の苦い記憶だ。
「プレイヤーネームはどこで入力すれば良いのかな……あ、あれ? どこにもないじゃない」
自分の名前を教えたくても、肝心な文字の入力欄がない。
『む、プレイヤーネームとは……? すまない、急いでもらえると助かるのだが……』
「そんなこと言ったって……あれ? もしかして普通に会話できてる?」
『会話? 暗号回線ということか……?』
仕組みは良く分からないけれど、このゲームはキャラクターと音声で会話ができるらしい。
最近のゲームの進化っぷりは凄いな!? 受け答えもすっごく自然だ。
エルフのリベルトさんは私の言っていることが分からず、眉を下げて困った顔になった。
ヤバイ、イケメンエルフの困り顔ってキュンとくる。
どうしよう、もっと困らせてみたいけど、あんまり長引かせると好感度下がっちゃうよね……。
「えっと、私の名はシズクといいます」
『シズク……人間領でもあまり聞かない名だな。もしやコードネームなのか?……いや、それよりもだ。他国の者に言うのが筋違いだというのは、重々承知の上で頼みがある』
頼み? なんだろう??
『他にもこの通信用の魔道具があるならば、どうか救援をお願いしたい。我々は現在、魔族に襲撃を受けているんだ!!』
通話をしている今も、リベルトさんの背後では彼の仲間らしきエルフたちが激しい戦闘を繰り広げている。
おおっ、すごい。飛び回っていた氷の鳥を弓で射抜いた。やっぱりエルフといえば、弓の精密射撃よね!!
――っと、それどころじゃなかった。
「わ、分かりました! ちょっと待ってください!!」
たしか“支援”って項目があったはず……あっ、“支援”のアイコンが選べるようになっている! よし、これを使えばいいのね!
「初回無料一〇連ガチャ? アイテムを推しの英雄たちに送ろう?」
『ガチャを回しますか?』との問いにイエスで答える。すると突然、大きな宝箱を両手に抱えた可愛い猫がスキップをしながら画面中央にやってきた。
もちろん、この時も画面の端っこでは誰かの血しぶきが舞っている。ちょっと……いや、あまりにも不釣り合いな演出だ……。
やがて派手なドラムロール音が鳴り響きはじめた。
元気いっぱいの猫が宝箱をヨイショ、と開ける。
箱の中からはやたら派手な虹色の光が溢れ出し、画面を埋め尽くしていった。
あれれ? これに似た演出、他のゲームでも見たことがあるぞ――!?
「これってもしかして……高レアリティ確定演出ッ!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます