馬鹿なあの子の第六感

@chauchau

二兎は追わず


 ――今日の一位はさそり座のあなた! 自分を信じて行動すると良いことがあるかも! 第六感を信じてチャレンジしてみよう!


「これはもう今日告白するしかないよね!」


「先に鞄置いてきな」


 いつも通り教室に遅刻ギリギリで飛び込んできた馬鹿が、鼻息荒々しく私に突撃してきた。


「聞いてよ、よっちゃん!」


「あんたは担任の話を聞け」


 政じいの愛称でクラスみんなに好かれている私たちの担任は、ホームルームのチャイムが鳴っても席に着こうとしない馬鹿を、困った風に、それでいて元気で宜しいといった風に見守っている。


「いつもありがとうございます、三橋さん。さぁ、鴨橋さんも席に着いてくださいね」


「ええ~! 仕方ないなぁ、政じいは!」


 愛称で親しまれているからといって直接本人に言う馬鹿はこの馬鹿くらいだ。

 それでも怒らない担任を、頼りないと思う人はいない。高校受験を半年後に控えている私達のためにずっと相談に乗り続けてくれる優しい担任を悪く言うやつは、クラス一同でフルボッコだ。


「今日も元気なみなさんとお会いできて嬉しいです。さて……」


 心地良く、さりとも眠たくもならない不思議な声色での連絡事項を聞くなかで、

 あの馬鹿が今度は何をしでかす気かと気が気でなかった。


「星座占い、ね」


「そうなんだよ! これはもうピンっ! と来たね! 告白するなら、今日しかないじゃんってさ!」


 ホームルームが終わったとの休み時間は、一限の準備をするためのものであるなんて感覚が目の前の猪のような女には備わっていない。

 騒ぎ立てる内容には色々とツッコミどころが満載ではあったが、思う所もあるので呑み込むことにする。


「サッカー部の髙橋だっけ」


「そう! 髙橋くん! よっちゃんも一回一緒に見にいこうよぉ~! めっちゃくちゃ格好いいんだから!」


「興味ない」


 この馬鹿は年中無休で恋をする。

 それは良い。誰かが誰かを好きになることが悪いことであるはずがない。だとしてもだ。


「勉強は」


「……青春は、待ってくれないんだよ」


「受験も待ってくれないけどね」


 一緒の高校に通いたいと言い出したのはこの馬鹿だ。

 いくら友達だからってこいつのためにランクを下げる気はない。一緒に勉強してやってるだけありがたいと思ってほしい。こちとら、塾に通わせるお金がないと親に頭を下げさせているんだ。親にあそこまでさせておいて、行きたい学校に行けませんでしたなんて言えるはずがない。

 ランクを下げるわけにも、落ちるわけにも、いかないんだ。


「決戦は、放課後! 待ってろ、髙橋ぃぃぃ!! トイレ行ってくる!」


「あいよ」


 クラスメートが、良いのか? と視線で問いかけてくる。

 良いも悪いもない。私はあいつの友達ではあっても、保護者でもなければ飼育員でもない。髙橋とやらには悪いけれど、名前しか知らないイケメンよりも、私は自分の勉強を優先させる。

 うるさい馬鹿もいなくなったので、私は問題集を開いて残りの時間を有効活用させてもらうことにした。


 ※※※


「駄目だったぁぁあぁぁぁ……!!」


「見れば分かる」


 夕暮れの教室で、勉強している私と泣きついてくる馬鹿。

 今時ほとんどのクラスメートが塾に通っていて、学校に残って勉強しているのなんて私くらいなものだ。

 べそをかいて私の机に寄りかかってくる馬鹿のせいで、机が揺れる。文字がかけないから邪魔な頭を何度か叩く。


「慰め方が雑ぅぅ」


「慰めてないからね」


「慰めてよ!?」


「可哀想な私」


「ちがぁうぅぅ」


 私の前の席を勝手に占領した馬鹿が、勉強を続ける私の手元を見続ける。そんな暇があるなら英単語の一つでも覚えてほしい。


「何が駄目だったと思う?」


「全部」


「でも占いがさぁ」


「だいたい」


 手は止めない。

 覚えた内容が間違えていないか一問一答形式で解いているだけ。馬鹿の相手をしながらでも解けるようじゃないと本当の知識にはなっていない。


「あんたはさそり座じゃないじゃない」


「そうだよ?」


「どうしていけると思うか理解できない」


「でも、よっちゃんがさそり座だったから」


「『でも』も『から』も使い方がおかしい」


「よっちゃんが一位なら、あたしも一位じゃん?」


「人の一位を勝手に取るな」


 わめき続ける馬鹿に、数学の問題集を叩き付ける。

 ぶつくさ言いながら、ノートを取り出して取組み始めたのでようやく教室に静けさが戻った。


 馬鹿は馬鹿だけど、頭が悪いわけじゃない。

 集中しさえすれば、私よりも早く問題を解いていく。

 手が止まらなくなった後ろ姿を見つめる。


 自分を信じて行動するが吉。

 占いを信じているわけじゃないが、今日のことは感謝しても良い。


 選択肢問題。

 四つの中から答えを選べ。絞り込めたのは二つまで。さて、どちらを選べば良いのだろう。


 思うところがあって、呑み込んだ。

 止めるか悩んだけれど、なんとなく大丈夫だろうと囁く感に託して止めない行動をとった。


 勘に頼るのも、悪くない。

 私は、アに丸をした。

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