もうすぐ死ぬって言ったら、あなたは信じますか?

或木あんた

第1話 





「こんなところに呼び出してすみません。……はじめまして、篠崎萌々しのざき ももといいます。中二です」


 平日の午前、人気のないビルの隙間で、制服姿の私は呼び出したサラリーマンと相対する。


「あなたに、どうしても伝えなきゃいけないことがあって……。……あ、ごめんなさい告白とかじゃないです、すみません勘違いさせて。……それで、ええと、大変言いにくいんですけど……」


 私は一瞬口ごもり、鼻頭をつまむようにして、気を取り直し、



「あなた、もうすぐ死にます」


「え?」


 私の唐突な発言に、サラリーマンは呆気にとられたような顔をする。しかし私はあえてそれに構うことなく、


「……第六感って信じますか? 私、生まれつき生き物が死に近づくと、匂いでわかるんです。正確にはワサビみたいな感じに、鼻の奥がツーンとなるというか。とにかく、わかるんです。死に近ければ近いほど、その感覚は濃くなって……」

「……は、はぁ……」

「急にこんなこと言われて、変だと思いますよね、……でも、その、ほらあの虫」


 私は道端に歩いている指先に歩いているゴミムシを指さし、


「あの虫も、もうすぐ死にます。多分ええと、もうまもなく……」


 言い終えないうちに、スズメが飛んできてゴミムシを襲う。くちばしにつつかれた末、抵抗する間もなくあっという間に食べられてしまった。


「……その、こういう感じです。なので、あなたも、もうすぐ死が……」


「……ええと、それで? その……仮に君の話が本当だとして、何が言いたいんだ? 何か要求でも?」


 サラリーマンが困惑したように私を睨みつける。当然だ。急にもうすぐ死ぬなんて言われて、それが本当だとしてもいい気持ちはしない。わかってる。みんな同じ反応だから。


(……でも)


 私はそっとサラリーマンの手を取り、口を開く。


「……要求なんてありません。ただ、伝えたかっただけです。あなたに残された時間はきっと、あと二週間くらい。信じなくてもいいです。……でも」


 私は急に顔を赤らめ、


「え、と、あのその、ここ、恋人とかっていますか?」


 私の質問にサラリーマンは、ポカンとした様子で。


「……いないけど? というか、妻子持ちだ」

「そ、そうなんですね! よかった!」

「………?」

「……奥さんと子どもさんとは、仲がいいですか?」


 サラリーマンは急に顔色を曇らせ、


「……どうかな。……最近は忙しくて、ろくに顔も合わせていないが……」

「そう、なんですね。……なら」


 私は微笑む。


「……後悔だけは、しないでください」





 サラリーマンが去った後、私は帰路に就く。学校には行かない。行っていない。制服を着ているのは、経験上、こっちの方が人が立ち止まってくれるから。

 私の両親は、小さい時に事故で亡くなった。その時からだ。私が自分の特殊な感覚を自覚したのは。友達に話しても、気味悪がられて避けられるだけだった。年齢を重ねるほど、その感覚は鋭敏になって、……今、私の周りには、死があふれている。


『告知』 


 死にそうな人にそのことを告げることを、私はそう呼んでいる。


(……嫌われることの方が多いけど、時々感謝されるんだよね。さっきの人は…………)



『……言いたいことは以上です。お時間失礼しました』

『……ちょっと待った』

『君の話は信ぴょう性に欠ける。……参考にはさせてもらうが、それより俺からの忠告も聞いてほしい』

『……忠告? なんですか?』

『……その、いろいろと、言い方には気を付けた方がいい。さっきのだと、ほら、……パパ活だと思われるかもしれないから……』

『……ッ! ち、ちちち違いますッ!』



(……いい人、だったな……)




 正直言うと、自分でも無意味だと思う。私にとって死は日常のことで、毎日死に近い人とすれ違う。自分と関係ない人が、どこかで死んでも、何も感じないのが普通だ。でも。


『……教えてくれて、ありがとう』


 かつて会った大事な人が、今はもういないあの人が、そう言ってくれたから。






「あ」



 週末、あのサラリーマンを目撃した。その両手には、大切な人の手がしっかりと握られていて。私は静かにほほ笑んですれ違う。


 私は今日も、告知を続ける。

 

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