運を呼ぶ人
紗久間 馨
あなたといれば
「ねえ、あなたの名前は?」
秋のある日、下校しようと廊下を歩いていると、急に声をかけられた。学校一の美人で名前と顔くらいは僕でも知っている。高校三年生で僕の一つ上の先輩。すらりとした体型で、モデルかアイドルだと言われても不思議ではない容姿だ。
「え、僕ですか?」
「そう、あなた」
「カワセです」
「それってどんな漢字で書くの?」
「カワは縦線三本の川にセは瀬戸内の瀬で川瀬です」
「へえ」
先輩は僕の顔をまじまじと見ている。可愛い顔で見られると照れてしまい、頬と耳が熱くなった。
「川瀬、あたしと付き合ってよ」
「はい?」
何を言っているのか理解できない。先輩が僕と付き合う? 平凡な僕と?
「好きとかそういうことじゃないんだけど、川瀬と一緒にいたら良いことありそうだから。付き合って」
「あ、どこか行きたい所があるんですか? 付き合うってそういう・・・・・・」
そうだよな。先輩みたいな美人が僕の彼女になるわけないよな。
「いや、あたしの彼氏になってって意味」
嘘だろ。僕が彼氏?
「え、なんで僕なんですか? 先輩モテるじゃないですか。好きじゃないなら僕じゃなくたって・・・・・・」
先輩が大きくため息をついた。
「川瀬じゃないとダメなの。あたしの直感がそう言ってるんだから、付き合いなさいよ。もしかして、川瀬はあたしみたいなの好きじゃない?」
「先輩は美人で憧れますし、付き合えるのは嬉しいですけど・・・・・・」
先輩はニコッと笑った。
「じゃあ決まりね。川瀬、これから帰るでしょ? 一緒に帰ろ。カバン取ってくるから玄関で待ってて」
心臓がドキドキして、頭がフワフワしている。先輩が僕の彼女。夢、じゃないよな?
玄関の外で先輩を待った。今日は少し寒いな。
「お待たせ。駅前のショッピングモール行かない?」
「あ、いいですよ」
先輩は赤いチェックのマフラーを巻いている。よく似合っていて可愛い。
周囲にいる人が、僕と先輩を見てひそひそと話している。
「あいつ誰?」
「なんで一緒に帰ってんの?」
「彼氏、なわけないよな」
それは僕も同じように思っています、と心の中で呟きながら校門を出た。
「ガム食べたい」
高校から少し歩いた所にある駄菓子屋の前で、先輩がそう言った。一人で店内に入って、くじつきのガムを一つ買って出てきた。
「当たった! 見て!」
先輩の手には「あたり」と書かれた紙が乗っている。店内に戻った先輩は、券とガムを交換した。
「これは川瀬にあげる。やっぱ川瀬と一緒だと良いことあるかも。今まで当たったことなかったんだよ」
先輩は嬉しそうに笑って僕にガムを手渡した。
ショッピングモールでは、先輩が小鳥のキーホルダーのカプセルトイが欲しいと言った。
「絶対に欲しいのだけが全然出ないんだよね。川瀬、ちょっと回してみて」
先輩が硬貨を入れて、僕が回す。
「うわー! 川瀬! すごい!」
カプセルを開けながら先輩が興奮ぎみに声を出した。
「これが欲しかったんだよー。嬉しい」
先輩はニコニコしながらカバンにキーホルダーを付けた。そしてカバンに二つ付いていた青い小鳥のキーホルダーを一つ外す。
「川瀬もこれ付けて」
先輩が僕のカバンにそのキーホルダーを付けた。
「前に回した時に同じの出たから、川瀬に一個あげるね。お揃い、いいでしょ?」
すごく恋人っぽい。嬉しい。
フードコートで座りながらジュースを飲んだ。
「あたし、駅前からバスなんだ。川瀬は?」
「僕は電車です」
「時間まだ大丈夫?」
「あ、はい」
「今日は川瀬のおかげで良いことあったから、一つだけお願い聞いてあげる。なんでも、じゃないからね」
先輩にお願いしたいこと・・・・・・。どうしよう、何がいい? こんなチャンスもうないかもしれない。
考えているうちに先輩のストローがズズズと鳴った。
「あたしにできること、何もない?」
「いやっ、あのっ・・・・・・。ありすぎて、迷ってます」
「そんなにあるんだ?」
意地悪そうに先輩が笑った。
「手! 先輩がバス停に行くまでの間、手を繋いで歩きたいです」
「いいよ」
嬉しすぎて、急いでジュースを飲み干した。
「焦りすぎ。でも、そろそろ時間だから行こっか」
「手、繋がなくていいの?」
ジュースのカップをゴミ箱に捨てに行って戻った僕に、先輩が言った。
「ここから、ですか?」
「川瀬がいいなら、あたしはいいよ」
先輩の手をギュッと握ると、先輩が指を絡めてきた。恋人繋ぎってやつだ。
「今日は寒いから手を繋ぐと丁度いいね。川瀬といると良いことあるわ」
先輩は可愛い顔で笑った。
「あ、バス行っちゃった」
先輩が乗るはずだったバスが発車してしまった。
「ごめんなさい。僕がもたもたしてたから」
もうこれで次はないな、と思った。
次の瞬間、衝撃音が聞こえた。バスの横からトラックが突っ込んだのだ。あれにもし先輩が乗っていたら・・・・・・。僕は怖くなった。
「あー、やっぱ川瀬といると運がいいみたい」
先輩がバスを見ながら、真剣な顔でそう言った。
運を呼ぶ人 紗久間 馨 @sakuma_kaoru
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