ボールと人形と僕。

 エリックとかいう剣士に続いて、くすんだ灰色髪の陰気臭そうな奴が、手にした可愛い女の子の人形にブツブツと何か言いながらやってきた。

 聞き取れる範囲で「ジェシカちゃんと海だ」「水着はどれにしようかな」とか言ってる。え、気持ち悪っ。

 エリックは勇者をジロジロと見て、それから思い出したように手をポンと打った。


「なんださっきのぶつかってきたガキかよ。んんー? このフワリン、お前のか」

「友達なんです。フロイは物じゃありません」

「ほーん。あ、いいこと思いついたぜ」


 エリックは楽しそうに鼻歌を歌いながら、何やら地面に線を引き出した。四角いそれは、まるで何かのフィールドだ。


「ドッチボールだ。ボールは……、おいアンドレ、ボール出せ」

「え? いや、そんなこと出来ないよ……」

「俺様が出せっつったら出すんだよ! じゃなきゃ、おめぇみたいなだせぇ職業の奴、誰が連れてくんだよ!」


 うわ。こいつ口も悪いけど性格も最悪じゃん。


「やぁだぁ、アンドレださぁい」

「使えない。いらない」


 アンドレとかいったっけ? に対して、なんかこいつら当たり強くない? そのあまりにもな光景に、武闘家が「あの」と口を挟んだ。


「待ってください。ボールなら私が持ってますから」

「お前、いつボールなんて持ってきたんだよ」

「その辺に転がってたやつを拝借しました」


 それ駄目なやつ!


「ま、いーか。んじゃ、始めようぜ」


 武闘家からボールを受け取って、指の先でクルクル器用に回しながら、魔法使いは楽しそうに笑った。



 スイカ割りをしていた時はてっぺんだったお日様も、今じゃもう海に沈もうとしている。

 それでも尚決着のついていないこの戦いに、僕は呆れながらも、さっき買ってもらったトロピカルジュースを飲みながらため息をついた。


 決着がつかない理由は、武闘家だ。


 あいつ、この間見せたあのヤバい動きでボールを避けてるんだ。

 それこそ、ずっと。

 ちなみに勇者、魔法使い、それからエリックは早々に退場した。カッコつけてた魔法使いが一番最初に退場したのには笑った。


「なー、もう諦めよーぜー」


 最初こそ、場外に出ても当てれば戻れるルールだったんだけど、余りにも進展が無いから、魔法使いはその辺に寝転んで空を見ている。


「駄目だよ、フロイを助けなきゃ」


 外野で頑張る勇者が意気込むけど、最初から今まで誰一人として当てられていない。ずっと場外で頑張っている。


「なんだあの女ぁ、やけにはえぇじゃねぇか」


 エリック側のチームは、あのアンドレとかいうやつだけだ。息切れひとつせず、かつ人形を手放すこともせず、つまりはボールを持つことすらせず、ただただ逃げ回っている。

 けれどもそんな時間はそろそろ終わりだ。

 なんでかって?

 砂浜の閉園時間だからだ。


「お客さん、困るよ~。もう時間だよ~?」


 麦わらのおっちゃんが頭を掻きながらやって来た。


「さ~、早く片付けて~。帰った帰った~」


 フィールドの真ん中に割り込んでボールをキャッチすると、おっちゃんは「若いっていいな~」と体を左右揺らしながら違うお客さんのとこに歩いていった。

 ボールの無くなった僕たちは、これ以上戦い続けても意味が無いということで仕方なく切り上げることに。


「このガキ、覚えてろよ! 今度会ったら、そのフワリンもらってやるからな!」

「だからフロイは物じゃないって。友達だって何回言えばわかるんですか」


 勇者の言葉を聞いてるのか聞いてないのか。

 兎にも角にも、エリックはスカーレットとロナ(どっちがどっちかはわからない)を引き連れて砂浜から引き上げていった。

 アンドレがそんなエリックたちの背中を見て、それから慌てたように僕たちのほうへ駆け寄ってくる。


「今日はありがとう。エリックはああ見えて口は悪いけど、いい奴だから、また会ったら仲良くしてあげてほしいな」

「ほーん、いい奴、ね」


 それは本当なのかどうなのか。女の子には優しそうだけど、僕たちには厳しそうだ。特に魔法使いとはウマが合わなさそう。

 もう一度「またね」と手を振るアンドレに、勇者だけが「また!」と振り返すのを見送って、僕は勇者の頭に飛び乗った。

 あぁ、夕焼けが綺麗だな。


「あ、スイカ。取られちゃった……」

「あ」


 こうしてちょっとお高いスイカの味は、知られることなく迷宮入りになったのだった。

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