第34話

ソレが産れてから、あたしは悪夢をみなくなっていた。



目が覚めたら夢の内容なんて全部忘れていて、いつもの毎日が始まる。



スマホのアラーム音を止めてあたしは大きく伸びをした。



今日も1日が始まる。



家事をして、学校へ行って、帰ってまた家事をして。



考えるだけで陰鬱な気分になった。



「もう、なにもかも投げ出しちゃいたい」



そう呟き、足元へと手を伸ばす。



いつもあたしの足元で眠っていたソレの感触がなくて、あたしは布団を押し上げた。



布団の中にソレの姿はない。



上半身を起こして部屋の中を見回す。



しかし、室内にもソレの姿はなかった。



「え、なんで……!?」



ようやく目が覚めてきて、もう1度布団の中を確認した。



やっぱりいない。



鞄の中にも、部屋の外にもいない。



「なんでどこにもいないの?」



こんなこと今まで1度もなかった。



目が覚めれば近くにソレがいたのに!



あたしは慌てて階段を駆け下りて部屋という部屋すべてを探して回った。



それでもソレの姿はない。



「あ、わかった。姿を消してるんじゃない? それで、お母さんを驚かせようとしてるんでしょ」



誰もいないリビングの真ん中に立ち、あたしはそう言った。



ソレは特別な生き物だ。



姿を消すくらいお手の物だろう。



「出て来なさい。出てこないと、朝ご飯抜きだからね」



仁王立ちをしてそう言うが、どこからも返事はない。



ご飯を与えなくても、あの子はもう1人で狩りをすることができる。



だから出てこないのかもしれない。



「出てきて! 早く!」



声をかけるが、何かがいるような気配も感じられなかった。



次第に焦りは増して行き、ついにパジャマ姿のまま外へ出ていた。



街は動き出したばかりで行きかう人は少ない。



あたしと同じパジャマ姿の人がゴミ出しをしているのが見える。



しかし、どこを見回してみてもソレの姿はなかった。



「落ち着いて探さないと……」



そう呟いてみても、落ち着く事なんてできなかった。



わが子が行方不明になったのだ。



こんな状況で落ち着ける人なんて、きっといない。



名前を呼んで探したくても、あの子には名前もないのだ。



悔しくて、キツク奥歯を噛みしめた。



誰かに相談したくても、姿を見ることができないのだから、相談もできるハズがなかった。



「何してんだ! 早く飯を作れ!」



玄関先から叔父の怒鳴り声が聞こえてきて、あたしは後ろ髪を引かれる思いで家へと戻ったのだった。

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