第5話

「友里、今日夕夏とコンビニに寄って帰るんだけど、一緒に行く?」



放課後になり梓にそう声をかけられたけれど、あたしは「ごめん」と、断り、一人で教室を出た。



お金はできるだけ使いたくないし、今日も課題が沢山出たから早く帰らないといけない。



「無理しすぎんなよ」



下駄箱まで来たところで、追いかけて来た透がそう声をかけてきた。



「大丈夫だよ。今日は課題が多いから早く帰りたいだけ」



「あの夫婦の悪評は近所でも有名だろ」



そう言われると返す言葉はなかった。



あたしは知らなかったけれど、昔から人付き合いなどに問題があったようだ。



家が近い透はそんなことまでよく知っていた。



「大丈夫。高校を卒業するまでだから」



そう言うと透が、あたしの頭の上に手を置いた。



温もりが伝わって来ると安心する。



両親が亡くなってから、こうして人と触れ合うことは極端に少なくなってしまったから……。



「じゃ、また明日ね」



透の温もりに涙が出てきそうになり、あたしは慌ててそう言った。



「あぁ。また明日」


☆☆☆


できればもっと甘えたい。



透がずっと隣にいてくれたら。



そんな風に思う。



だけど、今はまだできなかった。



学校から企業へあっせんしてもらう時に成績や生活態度が関係してくる。



今は就職が難しくなっていると聞くし、気を緩めるワケにはいかなかった。



すべてはあの家から出るため。



それだけのために、頑張るんだ。



いつもの道を歩いていたつもりだった。



時間にしても、そんなに経過している感覚はなかった。



それなのに……。



気が付けば、目の間にフェンスが現れていた。



今日写真で見た、赤茶けた背の高いフェンス。



「え?」



疑問から立ち止まった時、周囲がすでに暗くなり始めていることに気が付いた。



「うそ、なんで!?」



辺りは田畑に囲まれて、家は数件の農家が建っているだけ。



ここは間違いなく悪魔山の麓だったのだ。



悪魔山へ来る予定なんてなかったし、通い馴れた道を歩いていたハズだった、



それが、こんなに遠くまで来るなんてありえない。



「早く帰らなきゃ」



焦って踵を返す。



その時、スマホが震えた。



スカートのポケットから取り出して確認してみると、それは叔母からの電話だった。



途端に胸の中に形容しがたい嫌な気持ちが湧き上がって来る。



吐きそうだ。



その場にうずくまり、吐き気をこらえる。



1分ほどそうしているとようやくスマホの震えが止まった。



画面を確認してみると、叔父と叔母の2人から10回以上電話が来ていることがわかった。



今から帰ったらなんて言われるか……。



そう考えただけで胃が締め付けられた。



帰りたくない。



重たい気持ちで体を持ち上げることすら困難だった。

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