第113話 幼馴染の眼差し
わたしがまだ領地にいた頃。歳が一番近くて仲良しだったのがウィリアムくんだ。
ウィリアムくんとの出会いは、わたしが誘拐されたことが始まりだった。
誘拐犯の一人が彼の父親だった。その縁でわたしはウィリアムくんを命の危機から救ったのである。
……なんだか端的に言えば言うほど因果関係が意味不明になってる気がするよ。
「エル、ケガは……しているみたいだね。とにかく立てる?」
「あ、うん」
「えへへ。僕もだいぶ背が伸びたでしょ? 筋肉もついて強くなったし。もうエルに守ってもらわなくたって平気だよ」
男子が「えへへ」とかかわいく笑うんじゃありませんっ。その辺の男だったらぶっ飛ばしたくなるところだろうけど、中性的な美青年がやると、なぜか許せてしまうのが悔しい。
大きくなったウィリアムくんを見上げる。最後に別れた時は同じくらいの身長だったのに。あれから、それだけの年数が経っていたってことか。
「何をしているんですかウィル! 早く彼女を捕縛しなさい!」
幼馴染との再会を呑気に喜んでる場合じゃなかった。
クエミーから厳しい声が飛ぶ。さっきまでわたしの目の前にいたってのに、いつの間にか距離が空いていた。
ウィリアムくんがくるりとクエミーに顔を向ける。
「クエミー」
「……ウィル?」
ウィリアムくんがクエミーの仲間ってのは見てればわかる。愛称で呼ばれてるし。
それに剣を持っているし、軽装だが鎧を身にまとっている。わたしのせいで領地にいられなくなったのかもしれない。今は兵士として働いているようだった。
だからこそ、彼がわたしに対して友好的なのが謎だった。わたしを捕縛しに来ただろうに、どうして笑顔を向けられるのだろう?
その答えは、ウィリアムくん自身の口から教えられた。
「僕はエルを守りに来たんだ。だからクエミー、君の言うことは聞けない」
そう、至極当たり前のように言ってのけた。
「な……っ!?」
対するクエミーは絶句。よほどウィリアムくんを信頼していたのか、半端じゃない驚愕が伝わってくる。
「バカなことを言わないでください! あなたは彼女と決着をつけるためにここまで来たのではないですか!」
「うん。決着をつけるよ。でも、それはエルを不幸にするって意味じゃない」
「ウィル……あなたは、次期剣神候補なんですよ……」
「うん。ロイド様には感謝しているよ。それにクエミーにも。おかげで充実した稽古ができた」
どこまでも柔らかい雰囲気のウィリアムくん。まさに中性的な美青年って感じのオーラが漂ってるのに、なぜか薄ら寒いものを感じる。気のせいかな、不穏な単語が聞こえた気がする。
いきなりの裏切りだ。勇者の末裔とはいえ堪った物じゃないだろう。
「……っ」
クエミーに睨まれる。いや、わたしにどうしろと……。
滅多にお目にかかれないであろう美貌。そんな人から睨まれると迫力がすごかった。彼女には実力があるだけに、ただの脅しじゃ済まない。
「飛ぶよ、エル」
「う、うん」
ウィリアムくんに軽く引っ張られたタイミングで飛ぶ。ちょっとジャンプしたとか、そんなものじゃない。高々と空を飛んでいた。
わたしは魔法があるけど、ウィリアムくんにこれほどまでの魔力があっただろうか? 闘気だとしても簡単に飛べる高さじゃなかった。
「エルったらじっとしていないんだもんね。クエミーよりも早く会うつもりだったのに、城に着いたらエルがいないんだもん。本当に焦ったよ」
「だもん」って……。ウィリアムくんってこんなに子供っぽかったっけ? いや、もともと子供だったんだけども。
「ウィリアムくんも、わたしを探してたの?」
「うん。ずっと探していたよ。早く……会いたかったから」
空にいるからかフワフワした感覚。
彼の真っ直ぐな眼差しが懐かしい。
そうだった。領地を良くしようとがんばっていたわたしだったけれど、ものすごい大層な理由があったわけじゃない。
本当のところはまるで憧れのヒーローでも見るようなこの眼差しに、調子に乗ってやる気を出していただけだったんだ。
わたしを捉えて離さない瞳。見られていると思うからこそ、人は緊張感を持って真っ直ぐ物事に取り組める。
その感覚を、久しぶりに思い出した。
「ああ、そうだ。僕はエルに言いたいことがあったんだ」
「な、何かな?」
さ、さすがに領地を危険にさらしたって怒られるのかな? 今はひどい有様になっているみたいだし……。
ウィリアムくんはニコニコと笑っていた。何が嬉しいのか、再会してからずっと笑顔のままだ。
「僕が強いところを証明できれば、冒険者パーティーを組んでくれる?」
「冒険者?」
「うん。約束してたじゃない。いっしょに冒険者になろうって」
確かに、わたしが魔道学校を卒業したらいっしょに冒険者をやろうって話をしていたっけ。
でも、今のわたしと関わらない方が……。
「暗い顔禁止」
「ふひゃっ!?」
頬を引っ張られた。
犯人は目の前のウィリアムくん。悪戯っ子のような笑みで、痛くない程度にわたしの頬を引っ張っていた。
「エルにもいろいろあったのはわかるよ。僕だっていろいろあったんだ。思い描いていた将来じゃなかったけど、僕達はこうやって再会できた。無事にエルの顔を見られた」
本当に苦労したのだろう。その苦労をかけたのはわたしだ。
「だから関係ないんだ。失敗したとか、道を間違えたとか、そんな風に僕は思わない。だって、僕を指し示す道の先にはエルがいる。それだけわかっていれば、僕は迷わない」
わたしとウィリアムくんは落下していく。ジャンプしただけなのだから、いつかは落ちていく。
その落下速度が妙に遅くて。何か魔法を使ったかなと考えた。
「まずは証明してみせるよ。僕の剣が、エルの行き先が決して行き止まりなんかじゃないって、証明するよ」
全幅の信頼だった。
わたしという人間を顧みて、これほどまでに信頼してくれる人がいるのかと……。正直、わたし自身が一番信じられない。
「……」
でも、疑いようのない信頼だ。身に余る、なんて本人の前では口にできないほどに。
そして、彼のような目を、わたしは他にも知っている気がした。
着地する。衝撃はまったくなかった。
「クエミー、勝負だ」
「……ウィル」
剣を抜くウィリアムくん。彼の意志を証明するかのように、その刃は輝きを放っていた。
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