第112話 世界で一番大嫌いな奴

 わたしは特に土属性の魔法が得意だけど、他の属性が不得意というわけではない。

 火・水・風。どれも上位レベルだ。どれか一つも上位まで鍛えている者はそれなりにいるけれど、四つの属性すべてとなるとどれだけいるかわからない。少なくともわたしは自分以外でお目にかかったことはない。

 と、まるで自分が高性能っぽくて自慢してみたいところだが、その実力が勇者の末裔であるクエミーに通用するかは未知数だ。

 さっきまでなら希望を持てたのに。今は「今までとは別人のように違いますよ」とでも言いたげに剣を光らせている。発光源はどこか。


「どうしました? 先ほどまでの威勢がなくなりましたね」

「くっ……。そっちは随分余裕を取り戻したじゃないっ」


 光り輝く剣を持ったクエミーは強かった。

 初撃は当たったものの、次の攻撃からは無駄の積み重ねでしかなかった。

 不可視の斬撃は強力だ。単純に見えないのが強い。見えないのに斬撃が飛んできて斬られるというのは普通に考えれば恐怖だ。


「言ったでしょう。私と剣で戦おうとは、無謀にもほどがありますよ」

「この……っ。強すぎるだろ!」


 その普通が通用しないのが勇者だった。

 強者でも目で見る、ということは戦いにおいて重要だ。

 クラウドさんと手合わせした時に確信した。闘気を持つ者は気配を察知するということもできるのだろうが、視覚が頼りにならないともなれば戦闘力にも影響が出るはずだ。

 ……そのはずなのに、クエミーには不可視の攻撃がまったく効かない。目を凝らすような素振りもない。


「ハァッ!」


 剣筋が光る。綺麗だと感想を漏らす暇はない。一太刀受けるごとにごっそり魔力を持っていかれた。

 受けるためには動体視力を含めた視覚の強化。反応するために身体強化をしながら、それでも足りないので風魔法で強引に合わせる。

 ここまでやって、やっと彼女の攻撃について行けるかどうかといったところ。いくら魔力量を節約してくれる魔法の帽子があるにしても、このまま続けていたらガス欠になるのは火を見るよりも明らかだ。

 頼みの不可視の斬撃はそもそも通用していない。

 クエミーが剣を振るうだけで、わたしの不可視の斬撃がかき消えてしまうのだ。それがわかっているのだろう。彼女は攻撃は最大の防御とばかりに攻め一辺倒だ。


「ていっ」

「足をっ!?」


 苦し紛れの足払いが綺麗に入った。

 驚くクエミー。逆にこっちの方が驚いてたと思う。攻撃に集中しすぎて防御をおろそかにしすぎでしょ。

 なんでもいい。反撃のチャンスだ。

 風はダメだ。なぜか今のクエミーには通じない。

 必要なのは物理攻撃。わたしとクエミーの間に強引に土壁を作って距離を離した。


「ぜぇぜぇ……か、勘弁してくれよ……」


 ようやく一息つけた。と、思った瞬間に土壁が斬られる。ちょっとタイムしてもいいかな?

 体力と魔力を相当使ってしまった。次はしのぎ切れない。


「てなわけで、わたしはドロンさせていただくでござる。なんつってね」


 土壁が斬られて、砂煙を上げている。薄っすらと人影が近づいてきているのが見えた。てか剣が光ってるしね。


「?」


 クエミーの無表情が確認できた。剣を持った美少女が首をかしげて辺りを見回す姿はなんだかシュールだ。


「エル。どこに隠れましたか?」


 聞かれて「はい、ここです」と答えるバカはいない。

 わたしは息を殺しながら離脱する。クエミーはわたしがどこにいるのかわからないのだろう。しきりに首を動かしている。

 そう、クエミーは今のわたしが見えないのである。

 透明化のポーションを飲んだのだ。魔力が作用しているのだろう。使用者の衣服もいっしょに透明にしてくれていた。

 このポーションはヨランダさんがわたしに持たせてくれたものだ。

 特別なものだろうとは思っていたけれど、解析してみれば透明になる効果があった。普通では取り扱われていない、それどころか他に作れる人がいるのかわからないほどのレア物だ。

 居候している間、ヨランダさんとの会話は少なかったけれど、彼女はいつだってわたしを気にかけてくれていたことは薄々感じていた。


「ありがとうございます……」


 音にならない感謝を口にする。

 おそらく逃げたくなったらこれを使えということだったのだろう。ヨランダさんの気遣いとは逆の用途として、わたしはこれを使った。

 離れた位置から不可視の斬撃を放つ。


「くっ!? どこですか!? 卑怯ですよ! 姿を現しなさい!」


 やなこった。場所を移動しながら不可視の斬撃でクエミーを追い詰める。

 さすがの勇者様も、敵が見えず攻撃も見えないとなれば手も足も出ないらしい。面白いように攻撃が当たっていく。


「っ!」


 そして、ついにクエミーの防具をすべて破壊した。

 それにしても硬かったな。全身鎧でもないくせに、彼女の肌に傷一つつけられなかった。防具の一つ一つに魔法障壁でも備わっていたのかもしれない。


「……」


 息をひそめたまま剣先をクエミーへと向ける。彼女はあらぬ方向を見ており、透明になったわたしを認識している様子はなかった。


「ふぅ……」


 身を護る防具を失ったはずなのに、クエミーは意外と冷静だった。

 息を整えて、目をつむった。冷静というよりも開き直っただけかもしれない。

 わたしは狙いを定めて、剣を振るった。確実にクエミーへと向かう斬撃。


「……っ」


 その斬撃を、彼女は避けることも防ぐこともしなかった。

 鮮血が飛び散る。それを見て、わたしの中で疑問が生まれた。

 殺してしまわないように手加減はした。けれど、戦闘不能にできるだけの力は込めたはずだった。

 なのに傷が浅い。確かに血は出たが、致命傷には程遠過ぎた。


「攻撃を受ければ、どこから攻撃してきたかはっきりわかりますね」


 クエミーの剣の輝きが増した。それを目で確認した瞬間には遅かった。


「あ」


 わたしの不可視の斬撃がどれだけしょうもないものだったのかを思い知らされる。

 クエミーの光の斬撃は、一撃でわたしを窮地に追いやった。

 微精霊が作ってくれた剣が灰が吹き飛ぶように消えてしまった。透明化も、その魔法ごと断ち切られてしまったようだ。


「はっ! はっ! はっ! はっ!」


 自分が息を吸っているのか、吐いているのか。それすらもわからなくなった。

 わかることは、自分が仰向けに地面に倒れているということ。

 視界には青い空。今見えているものが理解できないほど余裕がなかった。全身が痛くて、生きているのが不思議だった。

 ザッ、ザッ、ザッ。一定の速度と歩幅の足音が近づいてくる。

 そして、クエミーの顔がわたしの目に映り込んできた。


「……満足しましたか?」


 淡々とした口調だった。


「あなたは強かった。しかし私の予想は超えませんでした。なぜならこの程度の腕を持つ者は世界にいくらでも存在するからです」


 呼吸が整わない。酸欠になりそうだ。

 なのに、クエミーの言葉はよく聞こえた。


「あなたは、自身と同等の実力の者と戦っても勝てないでしょう。なぜならあなたからは自信が感じられないからです」


 苦しいのに、意識はしっかりと保っていた。説教じみた声がわたしを責める。


「これまで鍛錬してきたのでしょう。それはわかります。それでも本物の強者には届きません。なぜなら──」


 ああ、なぜだろう。次に言われることが想像できてしまう。


「──自分を信じられない者に、努力する価値はないからです」


 ほら、想像通り。

 わたしが自分を信じられるはずがない。前世でもできなかったことを、今世でいきなりやれと言われても無理だった。

 それでもがんばれば変われるかもしれない。努力して、結果を出して、その先に自信ってやつが生まれるのだろうと、そう思ってやってきた。

 そもそもそれが間違いだった。順序が逆転していた。自信は最初に持つべきものだった。


「……だったらさ、教えてよクエミー」


 だからどうした? その最初の一歩ができない奴だと、自分が一番よくわかっているのに。


「自分が世界で一番大嫌いな奴が、どうやったら自信を持てるようになるの?」


 返ってきたのは冷ややかな目。

 そりゃそうだ。そんな当たり前のことができないのかと呆れられるに決まっている。呆れられてきた『俺』が言うんだから間違いない。

 知恵も力もない。自信すらないのであれば、これ以上の抵抗はできなかった。

 ごめんなさいルーク様……。あなたに示された道ってやつには行けそうにありません。


「え?」


 疑問の声はわたしが発したものではなかった。

 地面が揺れる。何かが着地したような……?

 気づけば、わたしの視界に、クエミーの代わりに別の人の顔があった。

 綺麗な顔立ちをした男だ。涼しげな青い瞳が特徴的で、中性的な容姿なのに、たくましさを感じさせる。

 その青年はわたしと視線が合った瞬間に、優しげな笑顔を向けてきた。

 誰だろうか? なぜか見覚えがある気がする……。


「エル、久しぶりだね。ずっと会いたかったよ」

「ウィリアムくん!?」


 わたしの幼馴染とも呼べる存在。成長したウィリアムくんの姿だった。


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