7部 エピローグ

第40話 義父から父へ

 10月31日。世間ではハロウィンの季節でテレビをつければ仮装している人たちであふれている。


 純にとってこの日は、運命が決まる日である。WX文庫新人賞の一次審査の結果発表日。応募数は2000作を超えていた。まずこの中から200作品に絞られる。


 ここ一か月間生きた心地がしなかった。学校生活でもずっとこの新人賞の結果だけが気になり続けた。だけど、やるべきことはやった。あとは当日を迎えることだけだった。


 純はこの結果で小説家の夢を続けるか、諦めるかが決まる。どちらの結果にせよ義父と話すことになるため、最初からリビングで義父と一緒に結果を待つことにした。


 時刻は10時。WX文庫のホームページが更新された。


 【第12回新人賞一次審査発表】と記載されたところをタップする。自分の作品のタイトルを見逃さないようにゆっくり、少しずつ画面をスクロールしていく。


 純はこの小説に【ダンギクの花】とタイトルを付けた。タイトルを決める時に決めきれなかった純は夢花からアイデアを貰った。それが花言葉で内容の掴めるものにしようというものだった。


 前半の50作を過ぎても名前が出てこない。その次の50作も、そしてその次も50作も……。


 やっぱりダメなのか、だけど、この道を進むしか“うすいさち”に会う方法はない。最後の1作が発表されるまで希望を捨てずに指を動かし続ける。


 残り10作になったところで、純は「あっ」と声を上げた。


 下から9番目の位置に【ダンギクの花】と書かれたタイトルが掲載された。


「よし」


 純は声を上げてガッツポーズをした。義父は純の様子を見て笑っていた。そして、義父は机に置いていた携帯を手に取った。


「義父さん、これで僕が小説家になること、認めてくれる?」

「約束だからな。純の好きにするといい」

「ありがとう、義父さん」


 純はすぐに夢花たちに結果を報告した。すると、どうやら全員サイトはチェックしていたらしく、「おめでとう」とメッセージが入っていた。


「ええ、純くんは……遂げました。なので、約束……そちらに引き渡……」


 純が夢花たちからのメッセージを読んでいる横で義父は誰かに電話していた。何かを引き渡す。そんな単語が聞き取れた。


「義父さん、誰と電話してるの?」

「純くん、待って今から変わるから」


 純は義父から電話を受け取り「もしもし」と言った。


「もしもし、純。まずはおめでとう」

「ありがとう、おじいちゃん」


 電話の相手は純の母方の父である祖父だった。


「どうして急に電話なんか?」

「いやね、勇人さんからね、純のことを聞いてたんだ」


 父は純の小説家の夢、それをめぐってケンカまがいのことをしたことをすべて話していたらしい。


「それでね、純。ここからが本題なんだが、……純、おじいちゃんたちと一緒に暮らさないか?」

「え?」

「前からずっと勇人さんには言っていたんだ。血の繋がりのない君がいつまでも純を見続けなくていいって」


 純は慌てて義父の顔を確認すると、純の反応で何を話しているのかが分かったのだろう。ただ静かに純の方を向いて頷いた。


「でもね、勇人さんには最後まで面倒を見るって言われたんだ。それで今まで任せていたんだけど、3か月前に相談されたんだ。純が自分と一緒に暮らしていて幸せなのだろうかって」


 3か月前と言えば、純が義父とケンカをした辺りだ。その時点で義父は純と暮らすことを諦めていたということになる。


「だからね、純。こっちにおいで。こっちに来ればおばあちゃんもいるから今みたいに家事を手伝う必要もない。そうすれば、もっと小説に費やせる時間は増えるよ」


 義父が帰ってくる時間は予測がつかない。だから必然と純の家事をする時間は大幅に増えている。その家事分の時間を小説に費やすことができればたくさん小説が書けるということだ。


 だけど―――――― 純の答えは初めから決まっている。


「おじいちゃん、ごめん。僕はそっちに行かないよ」

「そうか、じゃあ時々でいいから顔を見せに来てね。孫の顔はいつだって見たいんだから」

「うん、近いうちに会いに行くよ」


 純は祖父との話を終え、電話を切った。純が何を話していたのか義父にも聞こえていたようで、電話が終わるなり純の方へと歩みを寄せてきた。


「どうして、おじいちゃんと暮らすことを選ばなかったんだ? 俺なんかと暮らすよりそっちの方が純は良いはずだろ?」


 その言葉を本心で言っているのであれば純は義父にイラついてしまう。


「義父さん、正直に答えてほしいんだ」

「なんだい?」

「義父さんは僕と暮らしたいと思ってる? 僕がいたら再婚できないかもしれないのに」


 子持ちの親はなかなか結婚しにくいと聞く。しかも、自分と血の繋がりのない純を連れるメリットが義父にあるようには思えない。


「本音を言えば、俺は純と暮らしたい。血は繋がっていないとはいえ、純は俺の息子だ」

「なら、結論は出てるよ。僕も義父さんと暮らしたい」

「本気で言ってるのか?」

「本気だよ。息子の言うことが信じられない?」

「仕事で家事を全部押し付けちゃうかもしれないのに?」

「そんなの今に始まったことじゃないでしょ? もう慣れたよ」

「勉強しろってガミガミいうかもしれないよ」

「うん、それえいいよ。小説家を目指すと言っても勉学はおろそかにするつもりはなかったし」

「俺は純くんにしてあげられることは何もないよ」

「そんなことはない!」


 純は義父の前で一番と言ってもいいほど、声を荒げた。


「義父さんは僕にいろんなことをしてくれたよ。母さんが亡くなった時だって、僕が辛くないように昔住んでた町に戻ってきてくれた。そのせいで義父さんは通勤時間が長くなるのに。小説家を反対する割には、最初から条件が甘いんだよ。本当に辞めさせる気なら入賞を条件にしたっておかしくない」


 いくら純が一次審査を突破できていなかったとはいえ、それが条件であるのは明らかに甘すぎていた。


「僕が徹夜してるのを知って夜食を作ってくれた。落ち込んでいた時に、欲しがっていたものを買い与えてくれた。何もしてあげられないって言ってるけど、僕は義父さんから色々してもらってるよ」


 今まで見たことのない大きな雫が義父の目から零れる。


「純と俺は血が繋がってない。それでも純は父さんと暮らしてくれるのか?」

「僕は義父さん……ううん、父さんと一緒に暮らしたいんだ。だから父さん、これからも一緒に暮らしてくれる?」

「……もちろんだ」


 目元を左手で隠す父に純は抱き着いた。


「父さん、これからもよろしくね」

「ああ、純。お前は俺の息子だ」


 ここが家で良かったと心からそう思う。高校生と大の大人が涙を零しながら向かい合っているのだから。




 この日、純たちは初めて本当の家族になれた。



 そして――――――菱村純、WX文庫新人賞一次審査突破‼

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