6部 文化祭開幕‼
第33話 猫
昨日の始業式の後の準備で、ほとんど仕事を終わらせることができた。
純たちのクラスであるD組の指揮を執っている笠原に発案により、今日の文化祭準備は午前中は残りの仕上げに時間を割き、午後は見回りという名の自由時間ということになった。
夢花の教室へ行くためにも純は手を抜かず、かつ素早く作業に取り組み、午前中にすべての準備が終わった。
「みんな、お疲れ。今日やることは全部これで終わったから、各自自由にしていいよ」
笠原のその言葉を聞いたクラスメイトたちは「終わった~」と腕を伸ばしながら教室を去っていく。
純はバッグの中から一枚の紙を取り出し、教室から出ようとしたところ、遥夏に声を掛けられた。
「純、どこ行くの?」
「柳井さんのとこ」
「そっか、今日謝りに行くんだっけ?」
「……うん、小説もしっかり完成することができたしね」
「俺もついていくぜ」
遥夏との会話を聞いていた龍樹が面白そうだからと純と一緒に夢花のクラスに同行するつもりらしい。
「止めなよ、龍樹」
「別についていくだけだって、純が柳井さんと話し始めたらどこか行くからさ。いいだろ、純?」
「うん、いいよ、それぐらい。それに僕も一人で行くのは少し緊張するからね」
夏休みや放課後と違い、教室には多くの生徒がいる。そんな教室に一人で行くのは少し億劫だったので、龍樹がついいて来てくれることは純にとっては頼もしいことだった。
「じゃあ、私もついて行ってもいいよね? 私も後輩ちゃん見てみたかったし」
遥夏と夢花は面識がない。龍樹も少し、見かけたぐらいらしく、夢花がどういった子なのかはよく知らないらしい。ちなみに、遥夏は龍樹の姉の紗弥加とも会ったことはない。
「そうだね、じゃあ一緒に行こうか」
*
夢花のクラスを訪れると、中からメイド服を着た子たちが何人か出てきた。夢花のクラスは喫茶店をやるらしく、教室をのぞくと、数人の生徒が残っており、女子はメイド服、男子は執事服を着ていた。
「いや、なんで私だけこれをつけなくちゃいけないの? みんな着けてないじゃん」
その声の主の方を見ると、数人の女子たちに囲まれてカチューシャを身につけられていた。
「いいじゃん、絶対似合うからさ」
「そうそう、これでお客さん魅了して、たくさん集めてよ」
その女の子は観念したのか、カチューシャを受け入れていた。
「それで一回ニャ~ってやってよ」
「嫌だよ、恥ずかしいもん」
「大丈夫だって、誰も見てないって」
「でも……」
「愚痴たくさん聞いてあげたでしょ?」
うぅっ……と、観念したのか、教室のドアの方へ向かって猫の真似をしながら「ニャ~」と鳴いた。
「えっ、しぇんぱい?」
「……こんにちは」
教室のドアの所には、純だけでなく遥夏や龍樹もいた。顔がボワッと真っ赤になった夢花は誰もいないと嘘をついた女子の方を睨もうとしたが、その女子はすでに違う場所に避難していた。
「菱村先輩、どうしてここに?」
突然現れた純と、猫耳姿を見られたことで目がオロオロしていた。猫耳のカチューシャはすでに取って手で握っていた。
「柳井さん二人っきりで話せる?」
夢花は一度深呼吸をしてから「ええ、いいですよ」と何事もなかったように表情を取り繕った。
「そういうことなら、どうぞここに」
猫耳カチューシャを夢花に身に着けさせた女子たちが、喫茶店で使用すると思われるシートの敷かれた机が用意された方を指差し、夢花と純の背中を押して椅子に座らせた。
「どうぞ、ごゆっくり」
「千早ちゃん、どいうこと?」
「どういうことって、もう愚痴聞くのさすがに飽きたから、仲直りしてね」
「あっちょっと……」
夢花の制止も聞かず、千早と呼ばれた女子はクラスメイトだけでなく、龍樹や遥夏も教室から連れ出した。
「……」
「……」
先程まで騒がしかった教室には純と夢花以外にはいなくなったことで静まりかえっていた。
「柳井さん……」
「先輩、とりあえずさっきのことは忘れてください」
「さっきのことって、猫み……」
「それです」
よっぽど見られたのが恥ずかしかったのか、顔を押さえて目を背ける。指の隙間から顔がまた赤くなっているのが見えた。
「別に似合ってた思うよ」
「そういう問題じゃありません」
照れる夢花は見たことがなかったので新鮮味を感じた。普段であれば、もう少しいじったりしたかもしれないが、今日はそんなことをしに来たわけではない。
「それで、先輩何か話があるから来たんですよね?」
猫耳事件があったからかもしれないが、夢花の純に対する態度は変わっていなかった。怒らせてしまったから、気まずい感じになるかと思っていただけに、少しきがらくになった。
「これを見てほしいんだ」
「プロットですか?」
今日この場のために仕上げた作品。タイトルはまだ決まってはいないが、それ以外はすべて完成している。
夢花は純からプロットを受け取り、ペンを取り出して読み始めた。
「あと、小説はもう完成したんだ。今から柳井さんのスマホに送るね」
プロットあらかた読み終えたのか、今度はスマホを取り出し、5分ほど、純の小説を眺めた。すると、夢花はスマホを置いて、純の方を向いて笑顔を見せた。
「今はそんなに時間がなくて序章しか読んでませんけど、とてもいいと思います」
「本当?」
「はい、あそこからよく一人でここまでできたと思いました」
夢花に執筆のお願いをしてから初めて褒められた気がした。頑張って甲斐があったということだ。
「柳井さん、ごめんね」
純は頭を下げて謝った。突然謝った純に意表を突かれたのか夢花はキョトンとしていた。
「僕が執筆のお願いをしたのに、言われたとおりに書かなくて、怒らせてごめん」
「いえ、私も言い過ぎました。イライラしていたとはいえ、先輩にあたってしまいましたから」
「ううん、やっぱり悪いのは僕の方だよ。忙しいのにお願いを聞いてくれたのに、嫌な思いさせちゃったんだから」
「気にしてませんよ」
そういうわけにはいかないと、純が引かないでいると、夢花は何かを思いついたようで、
「じゃあ、先輩お願い一つ聞いてもらってもいいですか?」
と言ってきたので純は頷いた。
「お願いって?」
「明日の文化祭、一緒に回ってくれますか?」
「そんなんでいいの?」
「ええ。先輩、この小説書くために他の女の子とデートしたみたいですし」
「え、なんで知ってるの?」
「祭りで見かけたんですよ。今度はこの前とは違う子でしたけど、一体何人誑かせば気が済むんですか?」
汚物を見るような目で言われたのですぐに否定した。
「誑かしてないって、それに前にも言ったけど、あれは誤解だって。今回も協力してもらっただけ、ほらそこにいるでしょ。遥夏は中学のころからの付き合いで手伝ってくれたんだよ」
純の慌てている姿が面白かったのか、夢花はクスクスと笑った。
「冗談ですよ。先輩がそんなことはしないって分かってますよ」
どうやら最初からからかうことが目的だったらしい。ちょっとは気が晴れましたっと楽しそうにつぶやいた。
「私も先輩と文化祭一緒に回りたいんですよ。ネタ集めのために……」
「えっ?」
「だいぶマシにはなりましたけど、まだまだ心理描写が甘いですよ。文化祭が終わったらみっちりと指導する必要がありますね」
文化祭を一緒に回りたかったのは、純の小説の心理描写を鍛える目的だったらしい。
「ただ、まだ全部は読めてないので帰ったら読んでみます。先輩今度は途中で折れないでくださいね」
夢花はニヤニヤと笑っていた。
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