第32話 なんのために小説を書くのか

 遥夏の協力のおかげで、小説のネタを集めることができた。純が課題としていた、デート中の心理描写に関しても問題なく書くことができるだろう。


 実際、遥夏とのデートはドキドキしっぱなしで、心臓にとても悪かった。普段見せている姿と違う格好をするのは少し卑怯だと思ってしまったぐらいだった。特に、いつも結んでいる髪を下ろした姿には目を惹かれた。髪を下すだけであそこまで目を惹かれてしまうとは思いもしなかった。


 プレゼント喜んでもらえただろうか。純が遥夏にあげたのは祭りの時に遥夏が見ていた花のブローチだった。笠原たちと離れた後、トイレに行くと言ってそのブローチを買いに行った。


 本当ならば、もっと早く渡す予定だったが、緊張してしまったせいか結局ギリギリになって渡すこととなった。いつもの様子の遥夏なら気兼ねなく渡せるのだが、今日の遥夏は浴衣と髪のせいもあってかいつも通りにしゃべれなかった。祭りの前に言っていた、


『私にも魅力がある所見せてあげる、ドキドキさせちゃうんだから』


 というのを遥夏は本当にやってのけたのだ。祭り中、何度もキャラを変えて演じてきたときは凄く驚いた。しかも、純が好きそうな設定で演じてくるものだから困ったものだ。さすがに、妹キャラをあの場で演じてきたときは肝が冷えたけど。


 『ピコンッ』とスマホが鳴ったので、メールを開くと遥夏から写真が送られてきた。


「わざわざ送って来なくてもいいのに」


 そうつぶやきつつも、純は写真を見て笑った。


 遥夏が送ってきたのは、純があげた花のブローチをつけた浴衣姿の遥夏だった。メッセージも「ありがとう。大事にするね」と一緒に送られてきた。喜んでもらえたなら良かったと返信をしておいた。


「よし、書くか」


 今日の出来事を忘れないうちに純は机に向かって小説を書き始めた。


     *


 残りの夏休みの間、午前中は柳井書店で働き、午後に文化祭準備。そして夕食などを済ませた後に執筆という日々を繰り返していた。


 文化祭準備の方は、問題なく進んでいった。夏休み当初は人で不足で間に合わないかと思われたが、龍樹と遥夏が復帰し、4人で作業する時間が増え、最近では笠原たちも純たちの手伝いをしてくれるため、今日夏休み最終日、すべての準備が終わった。


 文化祭準備中に生まれたもう一つ課題、綿原と龍樹をくっつける作戦だが、結果から言えば上手くいかなかった。純や遥夏だけでなく、笠原たちも協力してできるだけ二人だけの時間を作るようにしたのだが、綿原曰く、特に夏休み以前と何も変わらなかったらしかった。


 龍樹がお姉ちゃんっ子であることが分かっていた純と遥夏にとっては予想通りの結末だったと言えるだろう。短い期間で進展を望むなど龍樹に期待しすぎなのである。龍樹の場合、時間をかけて攻略する必要があるだろう。


 龍樹が綿原のことを嫌っているのであれば無理強いはできないが、全くそういうわけではないので、純も遥夏も楽しんで協力している。文化祭が終われば純たち2年生には修学旅行が控えている。そこで進展するのを望むのも悪くはない。


 という感じで、学校生活は問題なく過ごせていた。純には他に二つ残っている問題がある。一つは来月のWX文庫で一次審査を突破すること。でも、その前に解決しなければいけない問題が残っている。


 夢花とケンカしてから今日まで一度も会っていないのだ。柳井書店に行けば顔ぐらい見えるだろうと思っていたのだが、夢花は徹底しているのか、純が訪れている間は一度も店に顔を出すことはなかった。学校でも全く会うことはなく、夏休みが終わってしまった。


 決して、純から会いに行くようなことはしなかった。それは純が起こっているからというわけではなく、今回の件は純に非があると分かっていたからだ。夢花のことだから、謝れば許してもらえるという気はしていた。だが、許してもらったところで、小説が上手くかけなければまたもめてしまうのは目に見えている。


 いくら純自身が悪いと思っていても、自分の作品を厳しく評価されたら、また言い返してしまいそうなのは分かっていたからだ。そればかりは、どうしようもないことだ。自分の作品に誇りを持ち始めた純にとって、低い点数を付けられることは辛いことだからだ。


 だからといって、夢花との仲直りについて何も考えなかったわけじゃない。というよりも、この夏休み中一番考えていたかもしれない。


 ――――良い小説を書いてそれを夢花に見せる。


 これを信念に純は小説を書き続けた。新人賞に応募するためというのもあるのだが、それ以上に夢花が納得してくれるような作品を書いて仲直りのきっかけにしたいと考えていた。


 夢花に会おうと思えば会うことはできた。夏休みの終盤になれば、文化祭準備に来ているはずだし、いなければ家を知っているのだから直接訪れることだってできた。


 でも、それはしなかった。小説が完成するまでは自分からは会いに行かないと決めていたからだ。もし、変に会ってしまえば気が緩んでしまいそうな気がしていた。だから、今日夏休み最終日まで会うことはなかったのだ。


「よし、完成した」


 推敲を済ませ、純自身が納得できる作品が完成した。夢花に言われたこと『自分の視点で書く』をしっかり守って書き上げた。読み返してみると、まず感じたことは驚きだった。


 新人賞に送った十作品のどれと比べても段違いなほどに読みやすい。逆によくこんなんで応募できたなと恥ずかしくなるレベルだった。夢花に言われたことを守るだけでこんなにもいい作品が作れるとは思わなかった。


「ちゃんと、柳井さんに謝らないとな」


 それと同時にありがとうもしっかり伝えなければと、パソコンで書いた小説のデータを純のスマホに送り、明日に備えて眠ることにした。


 明日は始業式。始業式の後は文化祭の準備がある。そしてその次の日は1日文化祭準備に当てられる。


 だから明日中に準備が終われば、次の日に少し自由時間ができる。その時に純はこの書き上げた小説を持って夢花のクラスへ行く覚悟を決めた。


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