ハイド&シーク

@Milky_delusion

ハイド&シーク

 却説、今日はどんな話をしようか?


 え? まずは何故この手紙に宛名を書かないのかって?

 だって君は笑うじゃないか。投函する心算もない手紙に宛名を書いても意味がないのに、って。それに私が手紙なんて書く相手は限られているのだから必要ないよ。判るだろう?


 そもそも自発的になど滅多に筆を手にしない私が如何してこうしていると思う? 勿体ぶる気もないから云ってしまうけれど、私は怒っているのだよ。もちろん君に対してね。しばらく逢えないと君が云うから、「せめて晴れた夜は逢いに来て」と伝えた筈だ。星空が好きな君だから、この条件ならば善いだろうと思ってね。それなのに君はちっとも約束を守ってくれやしない。そんなに私を困らせたいのかい? それならば喜び給えよ。君のお望み通り、私は酷く困り果てている。君が逢いに来てくれないのなら私から逢いに行こうとしているのに、それすらも許してくれないのだからね。晴れた夜、その約束の日には逢いに来てくれやしないのに、私が君に逢いに行こうとするとようやく逢いに来てくれる君は本当に天邪鬼だ。君のそんなところも大好きだけれど、偶には私の思う通りにさせてほしいものだよ。私だって男なのだから、女性に振り回されてばかりというのも格好がつかない。だから、ね。もういいかい?

 なんて、冗談だよ。君がもういいよと返してくれたことはないもの。判っているさ。だけどたった1つだけお願いを聞いてもらえるのなら、そろそろ笑顔の君に逢いたいかな。え? 泣かせているのも怒らせているのも私? そうだね、それは悪いと思っている。本当だよ。ただ、これに関しては君とお互い様じゃないのかな。私だって、君を想って悲しみも怒りも数多乗り越えて来たもの。じゃあこうしようか。次に逢うときは私も君も笑顔でいよう。


 ······これは驚いた。笑顔でいよう、と書いた瞬間に見上げた先で流れ星だなんて。君は随分と甘い夢のような展開を好むのだね。では、次は笑顔で逢おうという私の提案は採用かな? それならば約束を交わした私たちの署名か何かが欲しいところだけれど、生憎そういう堅苦しいものは苦手なんだ。代わりに、そうだ、今さらだけれど最後に宛名を記すことにするよ。


 うん。我ながら素敵な手紙になった。予定通り、投函するのは遠慮しておこう。こんなに価値のある手紙は私の元にあるべきだもの。そうだろう?


 私を置いて逝った薄情な君へ


 太宰治


 追伸 織田作と咖哩を食べることがあったら辛さに注意すること。辛いものが得意な君でもあれは厳しいよ。私も思い出すだけで涙が出そうなくらいなのだから。私からも織田作に加減するよう云っておいてあげよう。それでは、これで。

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