嫌悪感

川詩夕

嫌悪感

 月曜日から金曜日までの毎朝決まった時刻、目の前にある銀杏並木の遊歩道を通るスーツ姿の女性が居る。

 恐らく勤め先の会社へと向かう通勤経路なのだろう。

 女性はカコカコと実に耳障りなヒールの音を下品に響かせる事が得意に思う。非常に不快だと感じる為、クソ靴の足音と命名した。

 裏地ストライプのパンツにピタリと密着させたムッチリとしたお尻の曲線が下着を通し浮かび上がる。

 意図的にその曲線美を見せ付けるよう大袈裟に闊歩かっぽする姿は芸術志向の痴女と言っても過言ではない。

 僕はわざと当の女性の後ろを歩く。

 風にふわふわと揺れる髪型はセンスの欠片もないと思う。

 けれども、香る髪は素敵だと感じる。

 女性の表情や顔は分からない。何度も見ているはずなのに思い出す事が出来ない。

 本当は一切の興味が無いのかもしれない。

 今では女性に顔面は必要無いのではないかとさえ思っている。

 基本的に女性に対しては嫌悪感しかない。

 けれども女性の身体は好きだ、全くもって不思議だね。

 目の前を歩く女性を何となく呪ってやろうと決心し、何度も執拗しつように女性の後ろを歩いた。同じ時刻、同じ場所、同じ歩幅で。

 女性の住んでいるマンションまでストーキング行為を繰り返し、生活リズムまで把握してやった。

 そして僕はとうとう、一線を越えてしまったんだ。

 精一杯の軟弱な勇気を振り絞り、女性が留守にしている時を見計ってマンションの部屋の中まで忍び込んだ。

 冷蔵庫の中の物をやたらと移動させたり、お風呂場のシャンプーの容器にボディソープを入れ、ボディソープの容器にシャンプーを入れ替えてやった。

 ついでに砂糖と塩の中身も入れ替えた。

 二ヶ月程そんな些細な事を繰り返した。

 今日も女性の留守中に部屋の中へと忍び込み、シングルベッドの上で横になり、いそいそと枕に顔を埋めていた。


 逃げろ。唐突に第六感を感じた。


 僕は慌てて枕をその場で放り捨て、ベッドから立ち上がると部屋の中から外へと向かって駆け出した。

 マンションの階段を駆け降りて道路を挟んだ辺りまで来ると、マンションを振り返り女性の部屋を遠目から眺めた。

 しばらくすると女性がマンションの部屋の前まで帰ってきていた、その後ろには物凄く険しい形相をしたお坊さんが四人ぞろぞろと後に続いていた。


 危ない危ない、一足遅ければお坊さん達に成仏させられるところだった。

 遠目からじっと女性の顔を見つめ続けても案の定、女性の顔は分からなかった。

 

 僕はきっと、その女性に殺されたからだろうね。

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嫌悪感 川詩夕 @kawashiyu

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