進むための光 シアとレン 3

楸 茉夕

シアとレン 3

 シアとレン 3


『なあ、一旦戻ろうぜ』

 同僚の音声通信を無視し、彼は先へと進む。通信はしつこく続いた。

『ここにはいないって。別のふねだって。一旦戻って出直そう。おまえまで遭難しちまうよ』

 いっそ通信を切ってやりたいが、それをすると不測の事態の時に困る。溜息をつき、彼はずっと無視していた通信に応答した。

「うるさい。一人で帰れ」

『そんなことしたら怒られるのは俺だっつーの。班長には必ずおまえを連れて帰れって言われてんだからな』

 班長め余計なことを、とは胸中で呟くだけで口には出さないでおく。皆、自分を心配してくれているのは、彼とてわかっている。申し訳なくも思う。しかし、それが諦める理由にはならないというだけだ。

『なあ』

「なんだ」

『事故だったんだ。レンのことはおまえのせいじゃないよ』

 何度も聞いた言葉だ。何十回、何百回かもしれない。誰も彼もが、事故だった、仕方なかったと言ってくれる。大多数が言うなら、そうなのだろう。だが、だからなんだ、というのが彼の正直なところだ。―――彼の整備した機体が動作不良を起こし、パイロットごと消息を絶った。事実はそれだけだ。

(見つけなければ……なんとしても)

 古戦場からレアメタルを回収するという、簡単なミッションだった。これまで何度もこなしてきた。それゆえに、油断がなかったか、慢心がなかったかと問われると、自信がない。整備はいつもどおりに完遂した―――つもりだ。

『大体、おまえがこの艦に固執するのはなんでなんだよ。ここにレンがいる保証はないだろ』

「……勘だ」

『勘ねえ。……まあ、おまえらいつも一緒にいたもんな』

 過去形はやめろと言い返しそうになって、彼は言葉を飲み込んだ。

 レンの行方がわからなくなって、もう五日になる。誰も生存を信じていないのは無理からぬことだ。宇宙で誰かが行方不明になるのは、珍しいことではない。旧時代の交通事故程度には。

 だが、それでも、見つけなければならない。でなければ動けない。だからこれは、レンのためではなく、自分自身のためだ。

『冗談抜きでさ、あと十分が限界だぞ。長時間捜索したいなら、簡易装備じゃなく、ちゃんとした装備してこないと。一旦戻ってこい』

「……わかった」

 渋々彼は了承した。捜索にきた側が動けなくなっては本末だ。同僚のことも危険にさらす。自分一人ならどうなってもいいのだが、それを言えば、優しい同僚は怒ってくれるだろう。

 ずっと昔に動かなくなった戦艦の中を、己のライトのみを頼りに進んでいく。あと十分あるなら、もう少し見て回れるだろう。


 ―――……ア……


 声が聞こえた気がして、彼は振り返った。同僚の通信にしてはかなり遠い。よそ見をしたせいでひしゃげた壁にぶつかる。


 ―――シア……


 今度は先程よりもはっきり聞こえ、彼は顔をしかめながら応答した。

「なんだ。まだ何か用か」

『うん? 用って?』

「呼んだだろ」

『え? 俺が? 呼んでないけど』

「空耳か……?」

『何、怖い怖い。やめろよ、俺が怪談苦手なの知ってるだろ』

 首を捻りながら通信を切り、ふと思い至ってシアは息を呑んだ。改めて振り返る。

 普通に考えればあり得ないことだ。だが、シアは自分を呼ぶ声を確かに聞いた。わらにも縋る思いで、シアは声が聞こえた方に向かって床を蹴った。

 しばらく進むと、何かを察したらしい同僚からの通信が入る。

『おい、なんか遠ざかってないか? 一回戻れっつってんのに。シア、シア? 聞こえてるか?』

「二分でいいから黙ってくれ」

 同僚を黙らせ、シアは暗闇の中を呼び声だけを頼りに進む。やがて、通路の先にぼんやりと青い光が見えて、シアは目を見開く。ライトの反射ではない。明らかに色味が違う。

 まだ電気系統が生きていて、何かの拍子にスイッチが入ったのかもしれない。壊れた装甲から、外部の光が入り込んできているのかもしれない。考えられる可能性はいくつもある。けれど、とシアは祈るような気持ちで光を目指した。

(ここは……)

 扉は壊れている。隙間から潜り込むと、何かの格納庫に見えた。その一角が光っている。

 一度着地し、シアは息を吐き出す。ここにいなければ、もうわからない。

 唇を引き結び、シアは床を蹴った。

 ここに並んでいるのは、一人用の脱出ポッドらしい。使われた形跡が殆どないので、この艦は乗組員クルーが脱出する間もなく沈んだのだろう。

 シアは光っている脱出ポッドの前に立つ。ポッドは空いており、座席にはパイロットスーツを姿の誰かがうずくまっていた。頭を抱えるようにしているので顔は見えない。

 震える手を伸ばし、シアは何者かの肩を掴んで引き起こした。その一呼吸ほどの間にも、バイザーが割れたヘルメットの中に髑髏しゃれこうべがあるイメージがちらつく。終戦後に遺体は回収されているはずだ、ここまで一体もなかったではないかと言い聞かせて、ヘルメットをのぞき込んだ。

「いた……」

 ヘルメットのバイザーは割れておらず、中にあるのは見知った顔だった。穏やかな表情で目を閉じている。シアは思わず通信ボタンを押して叫んでいた。

「いた! エド! きてくれ! レンがいた!!」

『は!? マジで!? わかった、そこ動くなよ!』

 ガサガサと音がして通信が切れる。シアはレンをかき抱いた。生死はまだわからない。生きていて欲しいに決まっているが、今は見つかっただけでいい。

「レン……」

 もう二度と放さない。



 了



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

進むための光 シアとレン 3 楸 茉夕 @nell_nell

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説