男女の第六感

人間 越

男女の第六感

 昔、両親に結婚をした理由を聞いたことがある。


 曰く、ビビッと来たから、だそうだ。 


 なるほど、男女の仲なんてそういうものなんだろうな。


 幼心ながらそんな風に思った。


 それから程なくしてからだった。最初のビビッ、が来たのは。


 ☆       ☆      ☆


「うーん、あの子は……無理だな」

「え、めっちゃおっぱい、大きいのに」

「ダメだ。ビビッと来ない」

「そっか、まあお前頼みだからなー……頼むぜ。この前の娘は終電で帰られっちゃったんだから」

「え、一緒に帰らなかったっけ?」

「そうなんだけど、もう歩けないっていうから公園のベンチに座っって駄弁ったらそのまま。結局、ソロプレイよ」

「……そう言うこと言うから連れ込めねえんだよ」

「仕方ねえだろ。俺はお前みたいに見ただけで内面の合う、合わないまで解る特殊能力はないんだからさ」


 ここは、都内某駅前。

 男二人でたむろいながら女の子を見定める俺たちは、いわゆるナンパ中だ。

 どうやら俺には第六感がある。

 見るだけで女の子との相性が分かる。それは容姿だけでなく、性格的な部分、趣味的な部分、はたまた性的な相性まですべてだ。

 人間関係たるもの相性が全て。食の好み、会話の速度、好きな音楽。何一つ合わない人間同士はうまくいかない。

 無論、相手に歩み寄って深まる愛もあろうが、まどろっこしい。

 合わせるまでもなく、合致していることはそれすなわち、運命である。

 故にこそ、俺に口説けない女はいない。先に合うことを知っている俺が声を掛けた時点で、惹かれあう未来は選択されるに等しいからだ。


「……む、あの子だな」


 街を歩く群衆の中に、ビビッと来るものを見つけ、一直線に向かう。


「やあ、お姉さん。一人? どこか行くの?」

「え?」

「……っちょ、先に行くなって――ごめんね、こいつ。一目で女の子が分かっちゃうとか言っててさ」



 ☆        ☆         ☆


「わぁ! 本当に当たっちゃいますね。私の好きなもの」

「何、俺は自分の好きなものを言ってるだけだよ」

「え、じゃあ本当に偶然ってことですか? はえー。趣味も好みも合いますし、それにこの会話の速度感とかも安心しちゃいます……。それにいい匂いもしますし」


 トロンとした目つきで肩にもたれかかってくる女の子。

 場所は変わり、居酒屋。時間は流れ、夜。

 ナンパは大成功と言えた。一緒にナンパをしていた友人も、彼女が呼んだ友達と仲良くやっている。今夜こそはお楽しみと言えるだろう。まあ、俺もこの娘と一夜を明かすだろう。

 まあ、仕上げの一言だ。


「なんでこんなに合うか教えてあげようか?」

「どうしてですか?」


「俺たちが運命で結ばれ――」


 言いかけて、スマホが振動した。


『今何してるの? 用がある』


「…………ごめん、用事が出来たみたいだ」

「え? そんな……」


「あれ、帰るん?」

「ああ、あとこれな」


 友人と短く言葉を交わし、諭吉を一枚テーブルに置いていく。高い店じゃないし、十分だろう。友人にも男の見せ場が必要だろう。

 ともかく、俺は居酒屋を後にした。ぽかんとした娘を残して。


 ☆        ☆        ☆


 電話の相手は、本命の彼女である。

 ビビッと来る女の中でもずば抜けて高い。全てにおいて段違いな女だ。特にルックスは他の娘たちとは次元が違う。誰もが羨むような絶世の美女である。相まって一目見た時の衝撃もすさまじかった。ビビッ、なんてもんじゃない。衝撃波すら生じていたように感じる。

 それでまあ、彼女持ちでありながらのナンパとは、浮気、と言われるかもしれないが一番大事にしている本命は彼女に間違いない。どうやら現実にはビビッと来る相手は複数人いるらしいから困ったものだ。まあ、世界で決められた相手が一人だけ、なんて風になっていたら巡り合えずに生涯を終えてしまうだろうし、種の存続のためには間違っていない。

 が、ビビッとくる以上、全くの無関係じゃないから仕方ない。出会う順番や些細なきっかけで結ばれていたのだろうから、気づかぬふりをするのも勿体ない。気の合う他者の実在はそれだけで人を孤独から救うのだから。

 しかしながら、本命は彼女一人だ。

 それは先ほど切り上げたような行動で示すとおりであり、またその証拠は残さないように徹底している。

 銭湯により、さらに服も着替えた。

 最愛の相手に会うのだ、身だしなみを整えるのは怪しいことじゃないだろう。

 故に、浮気は疑われない。今日だって友人とバッティングセンターに行くと報告している。

 だから――。


「あ、来た」

「っ」


 アパートの自室の前に彼女が既にいたから一瞬、驚いた。


「あ、ああ。もう来ていたのか。ごめんね、待たせて。寒かったろう? 中に入ろう」

「ううん。ここでいい。要件もすぐ済むから」

「あ、そうなの? えっと、要件って?」


「うん。――私たち、別れましょ」


「…………」


 ――…………。

 彼女の放った言葉の意味が分からなかった。

 淡々とした口調で、表情とて動いていない。そんな風だから余計に混乱した。

 別れの言葉? いや、まさか。……一万歩だ。仮に一万歩譲ってそうだとして、どうして彼女は平静でいられる? おかしい。運命で結ばれる片割れとの別れだ。だから逆説的にこれは別れの言葉じゃないのだろう。ならなんだろう? 聞き間違いか?


「ま、待って!」


 考えてるすきに彼女が俺の横を通り抜け去ろうとしたから反射的に止めた。


「な、なんて言ったの? 聞き間違えたかも知れないんだ。もしかして、別れを告げた?」

「そうよ」

「っ! な、なんで!」


 聞き間違いの線が消え、別れを告げたことが肯定された。

 

「うーん、理由って言われると難しいんだけど……」

「だ、だって僕たちは運命みたく共通点がたくさんあったろ? 食の好みも、好きな音楽も、映画のジャンルや監督も! それに付きあった後だって二人とも別々の経緯で、でも奇跡的に同じタイミングで野球にハマったろ? そうやって僕らはこれ以上ない、星の元に生まれてきたと確認しあったじゃないか」

「確かにそんなこともあったわね」


 鮮明に思い出せる二人の記憶。しかし、はっきりと分かる。

 頷く彼女の心が離れていることが。

 でもそうはいかない、なんとか手繰り寄せようともがく。


「それだけじゃない。些細なリアクションはシンクロするたびに笑いあったし、一緒にいるだけで心地よかった

「ええ、そうね――」

「――そ、それに身体の相性も最高だったじゃないか!」

「……ちょっと、ここ外よ」


 たまらず口から出たダメ押しには彼女の表情が曇った。けど、構うものか。別れたくない。別れるべきじゃない。自分たち以上に、合う異性はいないはずだ、お互いに。


「その時に語った未来はどうなる? 子供は三人、一人目は男の子で、二人は女の子がいいって。名前だって考えたろう? 考え直してくれよ、頼む!」


 外聞もなく叫んだ。みっともなく涙を流した。

 しかし、


「ごめん。無理なの」

「どうして!」

「だから、なんとなく。ただ、シューンってなっちゃったの。あ、別に気に入らないこととかあったわけじゃないからね? 他の女の人と関係を疑ったとかでもないし。本当に、唐突に」

「っ!」


 何も言えなくなった。ビビッと同じようにそう言う感覚が絶対的なものだとは他ならぬ俺が良く知っていたから。


「それじゃあね、バイバイ。今日はそれを言いに来たの」


「あ、ああ……」


 膝から崩れ落ちる。まるで今まで俺の体を操ってくれていた糸がぷつりと切れたみたいだった。

 かくして俺は、運命の相手を、失った。

 彼女以上にビビッと来る相手はもう、きっとこの世界にいないのに。


  ☆       ☆      ☆


 一方、後日。とある女子大カフェにて。

 別れ話に盛り上がる卓があった。


「え、彼氏と別れちゃったの? どうしてどうして?」

「結構いい人だったんでしょ? 滅茶苦茶惚気てたじゃん」

「うーん……」


 質問攻めに渦中の少女は戸惑いを見せた。

 彼女自身、別れた理由は説明しづらかったからだ。ただ、ある時にこの人じゃない、という思いが芽生えそれが膨らんでいったのだ。


「浮気とか、他の女の影が見えたとか?」


 一人がそんな問いを投げる。

 それに不覚にも表情が固まった。

 確たる証拠はなくともちょっと不審に思うことはあった。家に行った時に彼があまり飲まなそうな甘いチューハイの空き缶があったり。

 けれども、浮気で冷めたかというと違う。これは彼女の恋愛のスタンス的な部分だ。そこまで束縛的じゃないというか、最低限隠す努力をしているのなら気にしないふりを出来た。パートナーに対して、寛容とも或いは執着が薄いとも言えた。

 しかし、その表情の変化を周囲は見逃さない。


「え、そうなの?」

「本当に? サイテーじゃん」


 別れの理由を決めつけ、元カレへのブーイングが上がる。

 果たして、彼女はその誤解に乗った。言及されても困るのだ。


「それで何見ちゃったの? 化粧品とか?」

「もっと生々しく行為の残骸とか?」

「ちょっと、ここカフェよ」

「えへへ、ごめん」


「特に証拠物はないんだけどね、うーん……」


 盛り上がる友人たちも前に顎に指をあてて彼女は言った。


第六感おんなのかん、ってやつ?」

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