ボクと師匠のお料理作成―元気にしたい人がいます―
花月夜れん
長命魚の延命茸あんかけと魚の塩焼き
「危ない!!」
大きな声を頭の上からかけられた。
ちょうどボクは諦めかけていた。誰も通らない場所で一人自分の体を支えていた。もう無理だと思っていた。だから、がしりと掴んでくれる細いけどしっかりした腕が見えた時泣きそうだった。
ガラガラと石ころが落ちていく。下は底が見えない。
ボクはすんでのところで命を救われた。
「……ありがとうございます」
燃えるような赤い髪を持つショートカットのお姉さんにお礼を言う。彼女は手を離してふぅーと息を吐いていた。
「このバカっ!!!!」
鼓膜が破れるかと思った。
「何やってるんだ! ここが人を寄せ付けない常世火の山だと知ってて立ち入ってるのか?」
もちろん、知ってる。
だからボクはこくりと頷いた。
「何か理由でもあるのか?」
もしかしたら手伝ってくれるかもしれない。ボクは少しだけそんな事を期待していた。
「はぁ?! 母親の病気を治したくて延命茸を探してるだ? バカだろ」
「バカじゃないっ!! バカって言うヤツがバカだ!」
ボクは真面目に話して損したと思った。時間が惜しい。母さんの病気が手遅れになる前に、万病に聞く延命茸を見つけなきゃいけないんだ。
「助けてくれたのはありがとうございます。ボクはもう行きます」
「おい、待て! ちびっこいのが何、死にいそんでるんだ!」
「違う! 母さんを生かすために急いでるんだ」
ボクはまた山頂に向かうと思われる道に戻る。この道と言えない道は遠慮なくボクの体力を奪っていった。
はぁはぁ。
息があがる。目の前には三つの別れ道。どれを行けばいいんだろう。地図なんてない。下から見た時はただまっすぐ上を目指せばいいと思っていた。だけど、何かが通ったような道を通らなければボクはたぶんさっきみたいに崖から落ちたりしてしまう。動物が通ったあとを通ればそれなりに安全だろう。
「おい」
赤い髪のお姉さんが後ろから近付いてきた。
「ちびっこがついてくるのは自由だ。好きにしな」
ボクを通りすぎて一本の一番細い道へと入っていくお姉さん。ボクはそのあとを夢中で追った。
「ちびっこじゃない! ウェルって名前がある!」
「あー、ついてくるか。んじゃ、勝手にしろ。私はシーナだ」
彼女はそう言うと、ボクに合わせるように速度を落とす。ボクは子ども扱いされたような気がして急いで足を動かした。
「ゆっくりだ。じゃないと、出るぞ」
「え?」
ガリガリと何かが削れる音がする。
「あーあ、気がつかれた」
「何?」
「走るぜ!!」
ボクの小さな体をひょいと担ぐとシーナは走り出した。
「うひゃぁ、団体さんだ」
「何が!?」
「この辺りに巣があるからな。見張りの兵だ」
「だから何の?」
二本の突起が口から伸びる大きな羽虫が羽ばたきながらこちらへと向かってくる。
あれは獰猛な巨大蜜蜂。
「ボクに構わず、逃げて下さい」
抱えてると追い付かれるかもしれない。ボクはそう思って言うとシーナはおでこをぴしりと一本の指で叩いてきた。
「ウェル、いいか。お前が死んだら母ちゃんも死ぬんだぞ? いいのか? 嫌なら黙って担がれてろ」
蜂のスピードはとてもはやいのに彼女は気にせず走り続けた。
「よっし、ここだ」
そして彼女がぴたりと止まると蜂はタイミングを合わせるように引き返していった。
「おっと、忘れずに」
シーナが丸い何かを最後尾の蜂に投げつける。命中したそれはパンッという音とともに割れた。
「さて、追いかけますか」
「え!? 何で」
「いいから、付き合いな。必要な工程だよ」
先を急がないといけないけれど、必要な工程と言われボクはシーナに従うことにした。
「ほら、あそこだ」
少し甘い香りをたどってたどり着いたのは巨大蜜蜂の巣らしき洞窟の穴。蜂が出入りしている。
「よし、まずはこの辺からだ」
彼女はそう言って、先ほどと同じ丸い何かに火熱石をくっつけた。これは単体ではなんでもない石だけど、人の魔力を加えると小さな火を起こせる。
ぶわっと煙が広がる。それを入り口に向かって投げた。
「さっき持ち帰ったのも連鎖反応で煙が出だすだろう。いりぐちのが終わったら行くぞ」
「え、どこにですか?」
シーナはにやりと笑って答えた。
「巣の中だ!」
どろりと黄色の液体をボクは彼女に言われた通り掬い集める。彼女は外で待機してくれている。
「これは女王の匂いがするお守りだ。きついかもだけど、念のためつけとけ。一個しかないからな」
渡された小さな宝石の飾りを手に持ち、寝ている巨大な蜂の横を通り抜ける。
ぶちゅり、ぺしょりとたまに聞こえてくる何かの音にびくびくしながら入り口に戻っていった。
「よしよし、上出来だ。行くぞ!」
「生きた心地がしませんでしたよ」
大きな蜂がたくさんいる横を通り抜けて蜂蜜を集める。本当に必要な作業だったんだろうか。
「んふふ、よし。じゃあ、次だ!」
この言葉と笑顔に不安を覚えつつボクは甘ったるい香りのお守りを彼女に返して後に続くのだった。
◇
「私の師匠がな、病気で、やっぱり延命茸が必要なんだ」
塩でできた岩壁を削りながら彼女は話し出した。ボクは彼女の言葉を聞きながら、削り続ける。
「まあ、本人はいらないっていってるんだけどさ。金がないって。金なんていらないのに……。変に頑固でさ。あと1ヶ月だろうって聞かされて、断られようとも口に押し込んでやるってここにきたんだよ」
延命茸がはえるこの山は十等級あるうちの三等級以上の冒険者でないと無理であろう場所なのだ。ボクは見習いの最下等級、十等級。
依頼料は三等級からはねあがる。とても払える金額でないからボクは自分でとりにきているのだ。
今の言葉から、彼女はたぶん三等級以上の冒険者なんだろう。
「よし、塩はこんなもんだ。次は」
「あの!!」
ボクはきっとどこかで死ぬかもしれない。でもこの人なら。
「ボクはお金をもっていません。それに十等級でたぶんどこかで死んじゃうと思うんです。だけど、お願いしていいですか? もし延命茸を手に入れたら、シーナが持ってて欲しいんだ。ボクはきっとまた失敗してしまうから。あ、それで母さんがこの山から二つ向こうの村にいて、これを使って行って欲しいんです」
ここの麓に置いてきた魔浮遊板のキーストーンを渡す。充電魔力が帰りの分しか残っていないから持ってきていない。
「怖いなら持つだけ、預かっててやるよ。ただし最後はちゃんと自分で渡すんだ」
シーナはそう言って、自分の荷物袋に雑に突っ込んでいた。
「ありがとう」
彼女なら任せてもいいと思えた。同じ理由で登っているのだからきっと――。
◇
「これ、延命茸じゃないですよね?」
「あぁそうだ、が、気にするな。さっさと集めろ! 黒六本白三本だ」
枯れ木のそばに丸く円を描いてキノコがはえている。小さな枯れ木には白い小さなキノコ。大きな枯れ木には黒いキノコ。
「うわ、ちょっと、このキノコ取ったら下から色が変わって」
「これに入れろ!」
瓶を渡されてその中に入れるとキノコの変色はとまった。
「よし、次はバルーンリカの実だ。これはもう少し登ったところに」
「あの! 急がないと! 母さんが」
「……聞いてないのか? 延命茸を知ってるのに」
「あ、いえ」
ボクが勝手に母さんの日記を読んだだけだ。そういうキノコがここにあって、誰もが求めていると書かれた。
「ふぅん、そうか。あのな、延命茸だけじゃ意味がないんだ」
「え!?」
「この山の食材と合わせて料理して初めて効果が出る」
「そんなこと」
書かれていなかった。どうして、この人は知っているんだろう。
「誰に聞いたか知らないけど、意味なしになるとこだったな」
シーナはそう言って、次の場所に向かって歩きだした。
彼女に出会えていなかったら、ボクは死んでいたし、成功してても意味がなかったんだ。
「ありがとうございます」
「ん、お礼はまだはやいだろ。それに、お前が集めてる。私が集めてるのを真似してるだけだ。これなら、金はかからない。だろ?」
シーナはそう言ってはにかんだ。とてもまぶしい笑顔だった。
◇
「やった! 延命茸だ」
「あぁ、ちょうど二本だな」
日記に書かれていた少し大きなカサと太い石づき。
焦げたような見た目だが独特のいい香りがする。
「あの、お願いした通り」
「あぁ、私が持っておく。だが自分で渡せよ?」
「はい!」
見つける事が出来た。シーナには感謝しかない。
高い山のてっぺんでボクは涙を流した。
「おい、キノコに塩水なんてかけるなよ!」
しまったと思い、急いでシーナに渡すと彼女はそれをもって山の中央に向かう。その先は大きな窪みだ。
「あの煙のあるところに行くぞ」
たどり着いたのは、赤と黒がどろどろと動く場所だ。
「あの、ここって」
「延命茸はあしがはやい。ここであぶって乾燥させておくんだ。この常世火で」
シーナは伸び縮み出きるらしい細長い棒を取り出した。
石づきからカサにかけて串刺ししてあぶり始める。
「ほい」
ボクにも渡された。赤いどろどろを見ながらゆっくりとした時間をすごす。
「あの、これで終わりですよね」
「ん?」
常世火のような赤い髪をゆらしシーナが答える。
「いや、まだだ。あの池で魚釣りが残ってる」
窪みの中に大きな池があった。
「空とんで来たらしいぜ。こいつら」
胸ビレが長い魚が釣れた。
「長命魚って呼ばれてる。まあ、ここに捕りにくる人間がいないからなぁ。捕食者も少なかろうし、長生きするよな」
シーナは釣った魚を枝に通しながら、あはははと笑う。
「よし、下山するか」
「あの、これで母さんは助かるんですよね!」
「あぁ、助かるぞー! よかったな。ちびっこ」
「ちびっこじゃないです」
「あー、ごめんごめん」
崖上にかけておいたロープを掴みながら登る。ボクが先に行かされる。
たぶん、先に登らないと置いていかれる不安があるんじゃないかと思っての彼女の思いやりだろう。
「シーナ、先に降りとくよ!」
まだ途中の彼女だが、すぐにくるだろうとぴょんとフックを引っかけている場所に飛び降りた。そこに大きな黒い動物が待ち構えているとも知らずに。
「なっ!!」
黒い動物は縄に噛みついていた。シーナがまだ登りきっていないのに。
そう思ったボクはとっさに近くの石を投げた。
目に当たった動物はこちらに気がつくと縄から口を離して突進してきた。
大きな牙が目の前に迫ってくる。
「シーナ!! ごめん。あとをよろしく」
それだけは伝えたい。ボクの声は届いただろうか。
目を閉じる。痛みがこないといいな、そう思いながらずっと目を閉じていると後ろからポンと手を置かれた。
「わぁぁぁぁぁっ!」
「おい、もう大丈夫だ」
「え?」
黒い動物は何かを一生懸命にかじっていた。
「あれって……」
「行くぞ!」
動けないボクを担ぎ上げシーナは下山を始めた。
「あれ、延命茸だろ?」
「あぁ。大丈夫一本はまだ持ってる」
「もう一度探しに行こうよ」
バタバタと手足を動かすががっちりと抑え込まれて逃げられなかった。
「あそこにしか延命茸ははえないんだよ。次にはえるとしたら一年以上後だ」
「そんな……。なんで投げたんだよ!!」
「アイツは延命茸喰いのキノコグリズリーだ。一本食べれば大人しく冬眠しに行くんだよ。たぶん炙った時の匂いにつられて出てきちまったんだな。縄に匂いがついてたんだろう」
「だからって」
延命茸一本じゃ足りない。母さんとシーナの師匠の分。
「残ったのはウェル、お前の母ちゃんの分だ」
「そんなの……ボクを助けるために投げたのに!」
「ウェル、お前は母ちゃんが元気になって欲しくないのかよ!」
「なって欲しいよ! でも、でも!!」
「じゃあ、母ちゃんに食べさせとけ。いいんだ、師匠はもともといらないっつってたんだ。だから私が持っていったって食べなかっただろう。気にすんな」
ボクは涙が止まらなかった。ボクが助けられなかったら二人は助かったのに――。
「いいな。母ちゃんに食べさせなかったら指導料とりにいくからな!!」
ボクには払えないのがわかってシーナはそんな事を言ってきた。
◇
魚は骨ごとたたき丸めて、植物から取れた油で揚げた。バルーンリカは薄く切って炒める。キノコ二種も一緒だ。
延命茸は白いキノコを入れていた瓶にどこから出たのか水が現れて、それにつけて戻していた。
戻し汁は鍋に加えて、延命茸は形を残さないほどみじん切りにされた。
パラパラと延命茸を加えて、巨大蜜蜂の蜂蜜を入れる。
「最後にこの実の粉を入れて完成だ」
甘酸っぱい香りの汁にとろみがつく。揚げた魚にじゅわとかける。
あったかい湯気から香るいい匂いでボクのお腹がぐぅとなってしまう。
「長命魚の延命茸あんかけだ」
村に入る手前の森でシーナは野外料理を始めた。
「どうせ、調理法も知らないだろ?」
そう言って、ここまでついてきてくれた。
「あの、お金は」
「これはウェルが集めた分だ。いいから行きな! 気が変わるよ。あと、美味しそうだからってこっちを食べるなよ? お前のはこっち。ほら」
彼女は余った分の魚を塩焼きしていた。それを大きな葉でくるんだのを渡される。
そして手でシッシと追いやられ、ボクは村の自分の家に戻った。ボクの手にはシーナの作ってくれたあったかい料理を持って。
「母さん」
「……っ!!どこに行ってたんだい!! イリーナさん心配してたんだからね!!」
隣に住んでいる母さんの親友、エルカがボクに怒りを向ける。
「昨日からご飯も全然喉を通らなくて、もう、イリーナは……」
布団で眠る母さんはとても静かだった。
さっきの聞こえななったのかな?
ボクはさっきより大きな声をだして母さんに近づく。
「母さん!! ご飯、食べてよ! 帰ってきたよ! 母さん!!」
エルカがボクの頬をはたく。
「だから、もうイリーナは!」
「……ウェル」
「母さん!」
「うそ……」
母さんは目を開けてボクを見てくれた。
「これ、お願い。食べて」
スプーンを持ってきて、母さんの口の横にひとすくい持っていく。
「そんなの食べられるわけ……うそ……」
エルカの予想は外れたようだった。彼女の目が驚きで見開いていた。
「美味しい。ウェルが作ったの?」
「う、うん。母さんに食べて欲しくて」
いいか、私が作ったって言うなよ。あとが面倒だ。息子が起こした奇跡って話にしとけ。それが彼女からの最後の指示だった。
「いつもよりいっぱい食べれそう。ありがとうウェル」
「……うん。うん。いっぱい食べて、母さん」
ボクはお皿に入らないように気をつけながら涙を流し続けた。
◇
「さて、行くか」
シーナがそう言って立ち上がった時だった。
「シーナ!!」
「なんだよ。ウェル。母ちゃんにちゃんとついとけよ」
「ボク……シーナの弟子になる!! それで、お金払うよ! だから」
「バーカ! それじゃあ、余計に金がかかるじゃねーか。母ちゃん大事にしな!」
シーナは振り向かず歩みだした。が、数歩進んでぴたりと止まった。
「「大丈夫」って知らせが師匠からきたからさ。気にすんな。ほら」
冒険者の相棒同士が持つ首飾りをシーナは掲げて見せた。その首飾りについている宝石の色は命の危機の時に赤くなる。だがシーナの掲げるそれはきれいな青色だった。
ボクはそれを見てまた涙が流れた。
「それでも、ボクはシーナに! シーナの弟子になりたい!!」
彼女は振り向かずに行ってしまった。
全部、全部彼女のおかげだった。ボクは心の底から叫んだ。
「あ゛りがどう゛っっ……!!」
涙と鼻水で、まだ食べてないのに口の中が魚の塩焼きを食べたあとみたいにしょっぱかった。
◇
五年後。
「見つけた!!」
シーナは食べかけていた魚をぽろっと口からこぼした。あの時にもらったシンプルな魚の塩焼きで美味しそうだ……って違った。
ボクは彼女の目の前に座る。五年たったら、大きく思ってたシーナが意外と小さかった。
「弟子にしてもらうぜ! シーナ」
三等級の証をつけた冒険者が一等級の冒険者シーナに弟子入りさせてもらえたのかは、知られていない。
ボクと師匠のお料理作成―元気にしたい人がいます― 花月夜れん @kumizurenka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます