よく晴れた冬の昼間に少女は死ぬだろう
朝霧
少女と死神
「例えば、マッチが落ち葉の山に落ちたらどうなると思う?」
自分の顔を見るなり気絶してぶっ倒れた少女は目覚めるなり嫌に冷静な顔でそう問いかけてきた。
意味がわからないが、とりあえず答える。
「……燃える?」
「そ。つまりそういうこと」
「は?」
なにがそういうことだというのか、そもそもなんでそんな話をし始めたのか。
ちょっと痛い目に合わせた方がいいのだろうかと睨むと、少女は変わらない表情で言葉を続ける。
「マッチが落ち葉の山に落ちたら燃える、そういう考えずとも先を予測する力が人間にはあるわけだけど、私は人よりもその予測の範囲が広くて深い、ただそれだけ」
「……」
「超能力ってわけじゃないよ、ただ人よりも予測能力が高いだけ。……しかもこれ、意識してやっているわけじゃないしね……わかりにくければいわゆる第六感っていうヤツが人よりも優れているっていう解釈で全く構わない。おにーさんがどう解釈しようと、なにも変わりないし」
にこり、と少女は口元を歪めた。
「だから、なんだと?」
「話なら通じているはずだけど? あのノート、読んだんでしょう?」
確かに読んだ、自分の知人でありこの少女のクラスメイトが偶然拾った薄っぺらいノート。
そこには乱暴な字でビッチリと『予測内容』と『実際に起こった事』が細かく書かれていた。
それだけならただの厨二病でも通じるが、この先に起こることまで記載されていたそれと全く同じ内容の出来事が、少女が気絶している間に起こった。
そして無視できないのはノートの一枚目、そこに記載された内容。
『時期、少なくとも三年以内。よく晴れた冬の昼間。制服姿の工藤亜由美が歩道に突っ込んできた自動車に轢かれ死亡。犯人は不明。事故でなく故意である可能性が高い』
工藤亜由美は、自分の妹だ。
「それ、中身ほとんど読んでるんでしょー? 私が気を失ってる間に。だからおにーさんの妹さんが誰かに殺されるって私が予測していることも知っているわけだ」
「それも『予測』か」
「うん。ノートがないな、って思った時にここに拉致られるのもおにーさんに中身全部見られるのも予測できてた……回避しようとしたけど無理だったねぇー、最近疲れてたからなぁー」
少女はそう言ってケラケラと笑う。
「お前は」
「ああ、こんなノート作ってるのはおにーさんの妹さんを助けたいからですよ。あの子には入学式の時に助けてもらった恩があるので。まあその助けてもらった時にあの子の死が見えたわけだけどぉー」
そして少女はその時見えた予測から、妹が事故でなく意図的に殺されると推測したそうだ。
妹を引いた車の挙動は居眠り運転なんかによる暴走にしてはおかしかったのだという、どう考えても妹を発見したからそこに突っ込んできたような挙動だったそうだ。
なので少女は妹に悪意や害意、殺意を抱く人間を探すために地道な調査を始めた。
「いやさぁー、私の予測って基本的に五感に触れたものからその先にありそうな未来をオートかつ制御不能で予測するようなかんじでぇー、フラッシュバック? ってやつに近いんだけどぉー…だから片っ端からいろんな人と接触して総当たりしてたの。……まあ原因というかあの子が殺されるきっかけしかまだ掴めてないけど」
「俺か」
「うん。多分犯人の動機はおにーさんだ。成績優秀な上に裏番長なんでしょー? ……そら恨まれますわ」
「……犯人は?」
「まだわかってないよ。けどおにーさんの妹さんの死は回避しますし、やりかたもなぁーんとなくわかったのでぇー、それは頑張りますけどぉー」
「けど?」
「いえー、なんでも。ただ個人的にソレ以外のことがぜんぶどぉ――でも良くなったっていうだけなんで、アハハハ」
「は?」
カラカラと笑う少女の笑顔はどこか虚ろで、色濃い諦観が見えた。
「うーん。まあ別にどぉーでもいっか。話しちゃお。……おにーさんの顔見た直後にだいたい四百通りくらいの自分の死の未来がみえちゃってさぁー……こんなやばいのがみえたのって初めてだったしぃー、情報量とあんまりにも悲惨かつグロいのが多くて意識ふっとんじまってさぁー? なんかもういま、悟りの境地なんすわ」
死の未来。
それも、四百通り?
こちらが困惑している間にも少女はただカラカラと笑う。
「お前……なにをいって……死? 四百?」
「よぉーするにぃー、おにーさんには私を四百通りの方法で殺す可能性があるってワケ。おにーさん、こわいねぇー、私にとっての死の塊みたいな人。死神っていうのは多分おにーさんみたいな人のことをいうんだろうねぇー……まあ、私の命はくれてやらないけど、これはおにーさんの妹さんの身代わりに使うんで」
表情を一転させ、真面目な顔で少女は自分の顔を見上げた。
「四百通りの私の死を視たっていったじゃないすか、その中におにーさんの妹さんと全く同じ死に方をした私がいたんですよね……これはですね、つまり……私がおにーさんにうまいこと関わることで、私が妹さんの身代わりになれるってことなんですよ。全く同じ死が見えたってことはそういうこと」
そう言った後、少女はこちらに手を差し出してきた。
小さく柔らかそうな手だった。
「なのでゴールはそこにする。おにーさん、妹さんのことは嫌いではないんでしょ? 協力して」
一瞬、なにを言われているのか本気でわからなかった。
つまり? この女は。
「身代わりに、お前が死ぬつもりなのか? 正気、か?」
「大真面目に正気です。だって、車に轢かれて即死っすよ? 一瞬滅茶苦茶痛いだけで済むので、死因としては比較的楽なので」
笑うことすらなく、少女はさらっとそんなことをのたまった。
「さっきので結構えぐい死が視えちゃって、なんかもう『自分』に関してはほんとどうでもよくなっちまいました。比較的ましでかつそこそこグロい死に方を二つほど上げると、めっちゃ笑顔のおにーさんに内臓引き摺り出されてゆっくり時間をかけて殺されるの……あ、内臓って言ってんのは子宮っすね、穢いって言われてはずされちゃったみたいっす。もう一個はおにーさんに命令された男達にレイプとか拷問とかされて殺されるってやつで……おにーさん、めっちゃにこにこ笑ってるんすよね、助けてって何回言ってもたすけてくれなかった……」
比較的マシと言いながらかなり物騒なことを言われた気がする。
内臓を引き摺り出す? こんな見るからに弱っちい少女に拷問するように男達に命令する?
誰が? 自分が?
自分は確かに善人ではないが、そこまでのことをやらかすような外道ではない。
今はまだ、それはない、と信じたいと思える。
そんなことを考えている間に少女はペラペラと話し続けていた。
「だから、さくっと楽な方法で死んどいた方がまだマシなんですよ、自分としては。その上恩人まで助けられるとかパーフェクトじゃないですか。それに……もう視たくないんすよね、ぶっちゃけ。そのノート読んだから知ってるでしょうけど、私は手掛かり探している途中で大体四十回くらい自分が酷い目に合う予測を視て、それを回避してきた……実際にはこうして無事に済みましたが……視えたものがいつまでも忘れられないんです。毎夜毎夜のように夢に見て飛び起きることだって少なくない。正直言ってもう恩返しなんて忘れて何もかも放り出してしまいたい。……けどここでやめたら私が今まで酷いものを視続けてきた全部が無駄になってしまう。だからせ死んでいいからせめて無駄ではなかった、で終わらせたい」
虚ろな、それでも強い意志と意地の感じられる瞳で少女は自分の顔を真っ直ぐ見据える。
「だから、どうかご協力を」
ぐい、と押し付けられるように向けられた手を自分はうっかり取ってしまった。
きっとこの後、死にたくなるほど後悔するのだろうな、と思いながら。
よく晴れた冬の昼間に少女は死ぬだろう 朝霧 @asagiri
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます