毎日、神のお告げが来るけど気に入らないので『占いリセマラ』する!

犬鳴つかさ

毎日、神のお告げが来るけど気に入らないので『占いリセマラ』する!

 私には毎朝、『神のお告げ』が来る。


 テレビ番組の占いコーナーみたいな感じで。高校に入学してから急に始まったのだ。これもいわゆる第六感というやつなのかもしれない。


 今日は、こんがり焼いたトーストをふっくらはむはむしている時に来た。


『お告げやでー』


『あ、どもです』


 私と神様は脳内で念話を交わす。最初は、びっくりしたけど今はもう慣れたものだ。


『今日は学校休んだほうがええよー。特に……え……は……近……』


 神様のお告げは、今日みたいに不完全なことも多い。電波の悪い時の携帯電話のようだ。


了解りょです』


 適当に返事をすると念話は切れた。神様としては、ちゃんとお告げが伝わったと思ってくれていることだろう。


「さて……」


 いつものように登校時間までだいぶ余裕がある。私は日課を行うため、いったん自室に引き返す。


 なぜなら私は──神のことなど本当は、これっぽっちも信じていないからだ。






 タロット、水晶、卜骨ぼっこつ用の骨、etc……私の部屋には古今東西の様々な占いの道具がある。


「──今から、占いによるリセマラを行う」


 私は誰にともなく宣言する。全ては神の言葉を覆すために。


 何も怪しげな宗教にハマっているわけではない。全て独学によるものだ。自分自身を占うのはタブーだという話があるが、知らんぷりをする。


 だいたい他人に占いを任せてしまうと、ホットやコールドとかいう自動販売機みたいなリーディングでお金をちゅーちゅーされてしまうのが関の山だ。だから、自分で占うに限る。


「学校を休むなど、できません。アイツに会えないのは……困るのです」


 小机の上にタロットを並べながら私は呟いた。


 私は神様の予言を信じない。いや、信じたくないというのが本音だ。今まで予言はことごとく当たっている。それによって何か特別な不利益があったわけでは無い。むしろ良いことのほうが多く、予言の通りに書いた番号記入式の宝くじがピッタリ当たって家の借金がチャラになりウハウハな思いをしたこともあったし、アイスの当たりを教えてもらってウマウマな思いもさせてもらった。


 ただ、他人に決められたように動くのは、それがいくら正しい事であっても反抗したくなってしまう。色々と安定してからは、そんなワガママな自分が顔を出した。俗に言うイヤイヤ期である。


 この際、言わせてもらうと私は神様の存在さえも信じていない。仮のものとして神様という呼称を使っているだけだ。予言を当ててもらったからと言って神を名乗る別の何かかもしれない。


 悪魔か、死神かが私を堕落の道に誘い込もうと油断させるために、今は良い顔をしているだけだと言う可能性もあるし、実は私が何らかの精神疾患を患っていて、それによって作り出された妄想であるとの可能性も否定し切れない。


 だいたい神様が関西弁とか、おかしいだろ。


 私は──神様を信じない。


「うっ……死神の正位置……」


 だから、占いによってリセマラする。自分の力で良い結果を引き込む。


「水晶割れた……」


 だけど……。


「この骨の割れ方は……いぶしが足りないのか……?」


 今日は、確かにダメらしい。時計を見る。今から休む連絡をしても良い。だけど、やっぱり私は──。


 私は登校の準備を整え、階段を駆け下りた。






 道中で辻占つじうらをやっていたため、少し遅れそうになり、駆け足で駅へと向かった。


「なんか、おば様が不穏な事をおっしゃってたなー。飛び降りがどうとか……」


 私にとっての占いは、あくまで神様へ反発するための指針を決める手段であって、結果を何でもかんでも鵜呑みにするわけではない。同じ日のことでも占いの種類で結果が違うことも、ままあるし。


 とは言え、ここまで不吉な結果が出てしまうのは少々気持ちが悪い。やっぱり帰ったほうがいいのかな……と考えながらもテクテク歩いていると結局、駅まで着いてしまった。


「げっ……表原おもてばら……」


 駅のホームで、失礼な反応をする江洲えすとばったり出くわした……やっぱり占いが全てではない。


「お前、なんで……」


「なんで、とはなんだ。普通に登校してるだけなんだが?」


「あー、そうかー、そうだよなー……」


 なぜか私の姿を見てがっくりしている様子。かわいげの無いやつだ。神様とは逆に関西出身のくせに関西弁を話さないところも含めて。


「なぜお前はかたくなに標準語を使うんだ。故郷に失礼だとは思わんのか? 大阪のことは忘れたんか?」


「俺は昔からこうだよ。つーか、お前の下手くそな関西弁のほうが大阪に失礼だ」


 なんて言いながら「なんでやねん」の手の動きで突っ込んでくれる。なんだかんだこういう付き合いの良いところが……気に入っている。


「そういえば、ここに来る途中で何か無かったか? 変わったこととか……」


 江州は突然、脈絡のないことを聞いてきた。変わったこと……と言えば、惨憺さんたんたる占いの結果の数々だが……。


「? 特に何もないが?」


 とぼけておこう。所詮は占いだ。スピリチュアルな物事で余計な心配をかけるわけにはいかない。


「……ならいいけど……」


 ──間も無く、◯◯発△△行き──。


「お、もうそんな時間か」


 ホームの人は珍しくまばらで私たちは列の先頭にいた。


「おい」


 小声で江州が話しかけてくる。


「もうちょっと下がれ。ライン、越えてるぞ」


「おおう」


 言われて気づく。私はしずしずと白線の内側まで下がった。


「お前、ぴょこぴょこ動き回って危なっかしいからな。気ぃつけろ」


 江州は当然のように私の前に立って、先頭を交代した。


「うむ……」


 普段の私なら、憎まれ口の一つでも叩いてやるところだが、『飛び降り』という辻占での言葉が奇妙に符合していたせいか、なんだか気持ちが悪かった。


「なんか様子おかしくねぇか、お前?」


 ──間も無くホームに──


「別に? むしろ、どこが?」


 ──白線の内側まで──


「なんか活気がないっつーか……」


 ──お下がりください──


「普通だが?」


 ──ファアアアアアン……。


「そうか、ならいいんだ……」


 突然……。


「がっ」


 江州が大きく態勢を崩し、よろめいた。


「えっ」


 ふらりと傾き、立て直しを図ったためか半回転して江州の体は背中から線路に向かって今にも落ちようとしている。何かを掴もうとして投げ出された手が私の目の前で、ふわりと踊る。


 そうか、と私は確信した。今日の占いと、神様の予言は『これ』を表していたのだ。


『今日は学校休んだ方がええよー。


 神様の言っていたブツブツに途切れた予言が今さらながらに繋がる。タロットは死神、水晶は砕けて、骨の割れ方は絶望的。どれも当たっていたのだ──私は『こうする』しかないのだから。


「江州ッ!」


 あれこれ考える前から、すでに手は伸びていた。

 なんとかして、江州の手を掴みにいく。江州と比べて私の体は小さくて軽い。手を握れたところで、一緒に引き込まれて二人で死ぬだけかもしれない。予言も占いも、きっとそんな未来の予兆を私に見せたのだろう。


 ──だが、きっと私の密かな信条までは知らなかったに違いない。


「──全ては神の言葉を覆すために、だッ!」


 自分の未来は、自分で決める。神も、自分の占いさえも関係ない。私は江州の手を──。






「……意外と、何とか、なる、な……」


 私たちの後ろで男が善意の人々に取り押さえられている。おそらくヤツが江州の背中を押した犯人なのだろう。


「お前……」


 江州が息を切らせながら、何事か喋ろうとする。おそらく私に対する感謝を述べようとしているが、うまく言葉が出な……。


「お前も落ちたらどうすんだよッ!」


 突然の大声に耳がキンとなる。まったく、お礼が先に来ないとは困ったやつだ。でも、内容は正しいし、そう怒ってくれることが何となく嬉しくて──。


「ごめん」


 なんて言いながら、思わず笑みがこぼれてしまう。


「お前……ああ、もう」


 江州は今度こそ言葉が出なかったのか、しばらく頭をかいていた。






「あー……めっちゃ疲れたわぁ」


 江州えす みのるは帰宅すると同時に安堵あんどと心労の混じったため息を吐いた。外でそれなりに使いこなしている標準語も自然体となれる自宅では、なりを潜める。


「言うこと聞かんヤツなんは、わかっとったけどな……」


 そう言う危なっかしいところがあるから表原のことが気になって、ついついお節介を焼いてしまうのだが。


「アイツのことばっか集中しとったせいで、完全に油断しとった……」


 江州は超能力者である。表原に神として予言を与えているのも彼だった。しかし、彼女のことを気かけすぎていたせいか、自分の未来予測がおろそかになっていた。


「マジで死ぬかと思うたけど……」


 ──全ては神の言葉を覆すために、だッ!


「はぁ、ほんま手のかかるヤツ……」


 さーてと、と江州は自分の頰を数回叩いて気合いを入れ直す。明日の予言はどう伝えるか、どうすれば言う通りにするかをこれから考えるために……。

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