ルカルカ星からの探訪者

米占ゆう

ルカルカ星からの探訪者

 聞いたところによると、地球人は地球外惑星に進出する際に、その惑星の環境をまるっと変えてしまうテラ・フォーミングという物騒な手段を想像しがちということであるのだが、しかし我々ルカルカ星人から言わせて貰えば、それは本気で異星に進出したことのない知的生命体の万能感溢れる妄想に過ぎないのであって、大体、惑星の環境をまるごと変えちゃうだなんて、その惑星になにか別の生命体が住んでいたらどうするのか、それこそ野蛮な戦争の幕開けではないかと思ってしまうわけであり、では翻って我々ルカルカ星人を含む宇宙連邦的にはどう考えるのかと言えば、それはパントロピー、すなわち自身の体を異星の環境に合わせてガリガリ改造してしまうという方向性になるわけであって、中でも最も現地での安全性に長けるパントロピーといえば現地人に化けることだ。というわけで、この通り、早速『ニンゲン』の粉末素体を購入してきたものが、今手元にある。

 さよう、私はこれから地球に向かう予定である。目的……? 無論パンダである。パンダとは、白黒の、とてもかわゆい生物であるらしい。かわゆい生物を見るためであれば、六億光年の距離を渡る価値がある。

 地球に渡航するにあたって、地球人類の性質についてはかなり調べた。無論下調べというものを全くやらないルカルカ星人もいるし、基本的には素体さえしっかりしていれば、意外となんとかなったりするものではあるものの、やはりせっかく系外惑星に旅行するのであれば、それぞれの惑星について下調べをしてから出発したほうが格段に楽しめる。特に五感については必ずチェックしておいたほうがよい。鎮静剤を飲まずに色覚の異常に発達した異星人の素体を使用したために一時的にトランス状態に陥り、虚無へと突っ走ったまま帰ってこなくなってしまったルカルカ星人の話は、毎年必ず一度は聞くものである。そこまで大げさな話でなくとも、自らの肉体にメスを入れる以上、やはり手術後の感覚については予習しておくことが望ましい。なお、今回の地球人類について述べさせてもらうなら、特に聴覚がやや我々の感覚からずれてはいるものの、鎮静剤が必要な程ではない。また、地球人類に限らず、地球上の生命体には瞬間的に驚異的な洞察をもたらすという、生体磁気に基づく『第六感』なる能力があるらしいが、超能力の一種と解してよいのだろうか? まあ、これについては現地に行くまではわからないだろう。

 ちなみに地球上で撮影された写真については、まだ確認はしていない。いや、むしろ現地に向かうまでは、一切シャットアウトするつもりである。これは他の惑星の住人からするとありえない行為らしいが、ルカルカ星人からすれば当たり前の旅行のお作法である。我々に言わせれば旅行先の景観を行く前に目にしてしまうことは、旅行の醍醐味を大きく削ぐことにつながるのであって、絶対に慎むべき所業だ。


 ――パントロピーを開始します。


 そんな言葉とともに、パントロピー手術台上に横たわる私の体は、徐々に置き換わっていく。はじめこそ抵抗があったが、慣れればさほど恐ろしいものではない。神経素子のトポロジーさえしっかりしていれば、意識は保たれる。全身麻酔の不思議な温かさにまどろんでいれば、他には特別の感慨もなく、パントロピー手術は終わる。


――パントロピーが完了しました。


 まどろみの中で聞くそんな電子音声が冷凍睡眠開始の合図となる。目をさますのは、無事、地球に降り立ったあとだ。冷凍睡眠明けの、かのぼ~んやりとした感覚の中で、水とともに『解凍剤』と呼ばれる素体付属の精神覚醒用医薬品を無理くり胃に流し込むことで、私の地球旅行の第1ページはスタートする。

 ……しかしまあ、なんというか、『ニンゲン』ってけっこうかわいい生き物なんだな、と思う。胴長短足だし、ずんぐりむっくりしているし、手もまんまるでどうにも物が持ちづらい。だが、そこが気に入った! 以前に旅行した惑星の素体はひどかった――というのも、体のありとあらゆる部分が直径5mmで統一されており、そのくせ体長はきっかり1mあるのであって、一歩歩くのにも相当神経をすり減らし、危うく神経症を発症するかと思った。今でもたまに夢に見る、が、それはともかくパンダである。かわゆいパンダをとっとと見たい。写真を撮って、ササもあげたい。

 かくして私は地球上の建造物に模した宇宙船から一人のそのそと地上へと降り立ったわけなのだが、どうやらそこは『ニンゲン』とはまた別の知的生命体の集落であったらしい、私はその見たことのないひょろながの生命体に囲まれ、一瞬にして逃げ場をなくしてしまう。彼らはみな口々にパンダパンダ言っている。とは言え彼らは特段かわいくもない。白黒の個体もいるが、青だったり赤だったり、オレンジだったり紫だったりする個体もいるわけで、まあ、パンダではないだろう。であるならば、なぜ彼らは口を揃えてパンダパンダと言っているのだろうか? パンダがあまりにかわゆいため、この星では挨拶代わりにパンダと口にする決まりになっていたのだったけか…………いや、いやいやいやいや、ちょっと待て!(ピーン)

 私は直ちに第六感の意味を理解した。瞬間、ぐっと後ろを振り返ると、窓ガラスに写った己の姿が見えるが、どうだろう、そこには明らかに周囲よりもかわゆい、白と黒の生き物が映っているではないか……!

 ……はぁ。やれやれである。私は苦笑してしまった。もし仮に、私が旅行前に写真をくまなくチェックする、他惑星の旅行者だったのならば、こんな事態は起こらなかったであろう。あたり一面を取り囲む『ニンゲン』が口を揃えてパンダパンダと声を上げるのも、そりゃ当たり前の話である。

 こりゃ星に帰ったら、クレームかな……そんなことを考えつつ、私は手にした竹製のバッグから、地球では一般的な端末とされる『スマートフォン』を取り出すと、カメラアプリを起動し、インカメにして腕を伸ばした。腕が短すぎて、自分の顔全体はうまく入らないが……まあ、うまく行かないのも、旅の醍醐味である。

 かくして、撮影された、この超ボケボケの写真。

 これぞ私が地球に下り立ってから第一枚目の、かわゆい『パンダ』の写真となったことは、この際言うまでもなかろう。

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ルカルカ星からの探訪者 米占ゆう @rurihokori

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