ある冒険者コンビが収まるところに収まるまで

熊坂藤茉

危険という認識を持ちましょう

 ぴょん、ぴょん、ぴょん。その勢いは力強く。身の丈程のマスターキー大斧を携えて、少女は夜闇の屋根を跳ぶ。兎の耳のように結んだリボンをなびかせながら。


「ひとつ! ふたつ! みっつ! まだまだぁ!」


 慣れた手付きで黒い紙魚――紙と家屋を喰い荒らす魔獣を叩き切りながら、一向にその勢いが衰える様子はない。

「ふふん、私のいる街に出たのが運の尽きですよ! 冒険者なんだもの。シルバにだって負けないんですから!」

 紙魚の骸へ自慢げな顔を向けていると、少女の背後、それも離れた位置から声が掛かる。

「メルツ、そっちはどうだい! こっちは大体片付いたけど!」

 レイピアを一振りした青年は、少女――メルツの元へと駆け寄ろうとし。

「左後ろ上方斜め四十五度!」

 振り向くことなく上げられた彼女の言葉で、反射的にそちらへレイピアを突き刺した。


 キシャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!


 断末魔と共に、今正に青年に襲い掛かろうとした紙魚が倒れ込む。微動だにしないのは一撃で仕留めたからだろう。

「はー……今のは助かった。やっぱりメルツの第六感は頼りになるよ」

「もっとありがたがっていいんですよ、シルバ! 害意に対する第六感は、街一番――いえ、国一番と言っても過言では」

 軽口を叩きながら、二人揃って屋根から下りる。メルツが胸を張ってそう言い切ろうとしたところで、ぽすんと彼女の頭に青年――シルバの手が乗せられ、わしわしと撫で始めた。彼女の髪をくしゃくしゃと乱しながら、困ったように苦笑する。

「いや過言過言。そこは姫様の領域把握の方が凄いんだから認めましょうね」

「むきー!」

「はいはい、怒らない怒らない」

 そう歳は離れていない筈の二人だが、そのやり取りはまるで大人と子供のようだ。ここ一年程で組み始めた相棒バディの距離感として、これが正しいかどうかは分からないが。

「でも、ホントに害意に対してはピカイチなんだよねえ」

「そういう祝福ギフトですからね! だからこそこうして一人前の冒険者になってるわけですし」

祝福ギフトねえ……」


祝福ギフト


 世界には、特定の物事に特化した能力を持つ者が時折現れる。それこそ、世界からの祝福としか言えないような超常的な能力が。

 それは芸術に。科学に。魔術に。個々の身体能力に。ありとあらゆる形で顕現する。その内の一人がここにいるメルツという少女であり、第六感の祝福ギフトを持つ者だ。


「ある意味でギフトじゃないかと思うよ、僕は」

「シルバ?」

 ふう、と溜息を吐くシルバに、メルツは表情を曇らせる。こういう時の彼は、真剣な話だったりお小言だったりと、あまりいい話をしないのだ。

「第六感は確かに便利だ。こっちも散々こうして救われてる。でもね、世の中には害意に起因しない敵対的行為だってあるでしょう? メルツはね、そこへの注意が散漫すぎる」

「ぐぬ……」

「紙魚みたいな食欲と暴力が同一軸の生き物ならイコール害意だし、こうして何とかなるよ。でも、そいつが心からそれを正しいと思って行動してるのに出会ったら? 狂信者相手の仕事はしたことないでしょう」

「それ、は……」

 咄嗟に彼から視線を逸らす。少女にとって最も指摘されて痛いものであり、ある意味で祝福ギフト持ちの宿命とも言える部分だからだ。

 祝福ギフト持ちは、その殆どが生まれついての能力故にそれに頼らずに動くという感覚が掴めない。それ無しの自分を考えられない生き方以外が、どうしても難しいのだ。メルツ自身多聞に漏れず、第六感に頼り切った形の冒険者家業をしていた為に、シルバと出会うまで常に組むような仲間らしい仲間が出来なかったのが現実だ。


「そ、そういう時の為にシルバと組んでるんじゃない! ね!」

「……ホンット、危機感薄いなあ……」

「シルバ……?」

 呆れ混じりの溜息と共に、シルバがとん、とメルツを片手で壁に押しやり鼻先を近付ける。その眼差しは、真剣そのもので。

「な、なんか顔怖いよ? お腹痛いの?」

 おろおろと心配し始めるメルツを見下ろしていたシルバが、べしゃりと突然くずおれた。

「おいおい嘘だろホントに反応しないじゃん第六感……」

「え、え? シルバ、私に何しようとしたの!?」

 あまりにも不穏な彼の発言に、流石のメルツも呑気さを窓から投げ捨てる。どういう事なのかと問い詰めれば、逆ギレとも取れる返しが待っていた。

「アウトラインの確認だよマジのマジで反応しないのは流石に想定してないわ!」

「なんで私が怒られるのー!」

 立ち上がった彼と二人でぎゃいぎゃい言い始める。やれ「自覚を持て」だの「パワーがあることと抵抗出来ることは別なんだぞ」だの、これじゃまるで父親か何かのようだとメルツが思ったその時だった。


「大体! 同意無しのキスくらいは害意判定で第六感が反応すると思うでしょうが!」


「えっ」

「あ、やば」

 しまったと口走り、シルバはばつが悪そうに視線を逸らす。言い放たれたメルツの方は、ぽかんとした表情で見つめることしか出来ない。

「……えっ?」

「あー……」

 どう言い繕ったものかなあ。というような表情を浮かべるシルバに対して、彼女が恐る恐る口を開いた。


「……えっと、私を悲しませたりしようみたいな害を与えようと思ってちゅーするなら、多分反応するけど……」

「おう……」

「そうじゃない意味合いでちゅーしたいなら、多分それは害意じゃないから……うん……」

「はい…………」

「お仕事しない、かな。第六感……」


 メルツの説明に、成程そうかと頷いて。

「いやもうそれ仕様上の不具合だろそんなん!!!!!」

 最終的に、話は振り出しへと回帰するのであった。

「好きでそんな仕様になってるんじゃないんだから私に言ってもしょうがないでしょー!」

「だからせめてそういう場面になった時に殴り飛ばすくらいの危機感を持ちなさいって話だって!!!」

 歳上としての真っ当な指摘。それは間違いなくそうだろう。しかし、メルツ自身は。

「え、シルバ相手には要らなくない?」

「おい待て何言ってんだこのバカウサギ」

 この調子である。さしもの暫定保護者シルバも真顔になろう。

「だってシルバだよ?」

「いやだってじゃなくてですね」

 どう説明すれば分かってもらえるのか。心底困った様子で頭を掻き始めたシルバを余所に、彼女はぽつりと言葉を零す。


「ちゅーされても困らないんだから危機感要らないと思うんだけど……」


「……はい?」

「だからシルバ相手に危機感は」

「違う違うもうちょっと前」

 何か今、聞き捨てならない言葉があった。分かりづらくも明確に狼狽えながら、シルバはメルツに問い掛ける。


「……ちゅーされても困らない……?」

「いやなんで?」


 率直な疑問。なんでそんな結論に達しているのか。その答えは酷くシンプルだった。

「シルバが好きだからだけど」


「言っていい? それ初耳」

「うん、別に言ってないし」

 けろりと返す彼女は「なんでそんな話するのかな?」とでも言いたげな表情でシルバを見つめている。

「そういうのは相棒バディ的にもコンセンサス必要だから言おう!?」

 最重要情報! と声を上げれば、心底驚いた様子でメルツが慌て始める。

「そ、そういうものなの?」

「そういうものです! ……ついでに言うとキスが困らないだけなのかちゃんと確認したいんだけど」

 危機感のがどこまで及んでいるのかの確認。あくまでもその為の質問だ。そう己に言い聞かせながら、シルバは目の前のうっかり娘ウサギに問うた。

「んーと……逆に聞いてもいいのかな」

 困ったような表情で、それでも目線は彼に合わせながら、メルツはゆっくりと言葉を返す。


「シルバは、私に、〝どういうことをしたい〟の?」


「……それ聞くかぁー……聞いちゃうかぁー……そういうとこだぞ危機感云々……」

 引き出した言葉は、事実上ほぼ回答そのもので。告げられたシルバが、へなへなとその場にしゃがみ込む。暫しそのままの姿勢で地面を見つめたものの、溜息と共に立ち上がった。

「……宿、戻ってから話すのでもいい? 腹を割った方が多分いい気がするなあコレ」

「え、うん。じゃあ帰ってごはん食べてからお話ししよっか」

 今の流れでも全く意に介さず食事の話を持ち出す彼女に対し、やや引きながらシルバは小さく呟いた。


「……いっそお縄になる覚悟で第六感の仕事に期待するか……?」


 結果、翌日以降の二人がどういう関係に落ち着いたのかは、推して知るべしであろう。

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