運命も伝説も、全てはその第六感(なんとなく)から

霧ヶ原 悠

運命も伝説も、全てはその第六感(なんとなく)から

 昔々というほどにも遠くなく、昨日というほどにも近くなく。


 あるところに、一人の平凡な少年がいました。



 友達と学校に通い、いたずらをして怒られ、両親を手伝い、兄と取っ組みあいのケンカをして。


 彼はとても正しく、健やかに育っていきました。



 丸くて大きな蒼い月が輝くとある夜のことでした。


 虫の知らせというのか、あるいは第六感というべきものだったのか。


 何かも分からぬ予兆に誘われて、少年は夜の山を駆け上りました。


 そして、山頂に湧く泉の上に立つ『彼女』と出会ったのです。


 きっと月の光を固め、川のせせらぎで服を織り、花で化粧すれば『彼女』が出来上がるのでしょう。


 それほどに、『彼女』は美しかった。


 「あなたは天使さまですか?」


 そう尋ねた少年に、『彼女』は笑って言いました。


 「どうだろう。悪魔かもしれないよ?」


 だから少年はこう尋ねました。


 「あなたは悪魔なんですか?」


 「さあ、天使かも」


 まったく答えになってなくて、少年は揶揄われたのだと唇を尖らせました。


 『彼女』は喉を鳴らして、何度も、心底愉快だという顔で笑いました。


 それから、まるで重さなんてないかのように浮き上がり、唇と唇が触れ合うほど近くまで寄ってきて、


 「気になる? 私が何者なのか」


 少年はすぐには答えられませんでした。


 だって彼女があまりにも幻想的で、千年紡がれた詩のように、心奪うから。


 「それなら追いかけてみて。探してみて。ずっと待っているから」


 ざあっと木の葉が風に揺れ、『彼女』の銀色の髪も服も、千切れて消えていきました。


 熱っぽく潤む翡翠色の瞳だけが、最後まで少年をとらえていました。



 それから彼の人生は一変しました。


 体を鍛え、知識を身につけ、金を稼ぎ、家族に見送られて旅に出ました。


 鬼と酒を酌み交わし、亜人に助けられ、機械人形と語り合い、精霊に導かれ、半獣半人と踊り、魔術師に知恵をもらい、悪魔に追われ、誰かを失い……



 そうしてずっと旅を続けました。



 どれだけの時間が過ぎたのか分からなくなった頃、青年になった少年は、世界の果てで『彼女』と再会しました。


 『彼女』は、世界の扉を開けて彼を迎えてくれました。


 虫の知らせというのか、あるいは第六感というべきものだったのか。


 何かも分からぬ絶望に襲われて、青年は膝から崩れ落ちました。



 「ありがとう。そしておめでとう。あなたはここに辿り着いた、辿り着いてくれた。さあ、壁と天井で囲った箱庭を〈世界〉と呼ぶ連中を倒して自由を勝ち取りましょう! そのための協力を私は惜しまないわ!」



 あれほど会いたかった『彼女』なのに。とても嬉しそうにしてくれているのに。



 「あなたは世界を救う英雄になるのです!!」



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