マリスコットのアプローチ

義仁雄二

第1話

 白亜の街ともいわれる聖都マイオンでは、長い雨季が終わるとサンビレオという祭りが毎年行われる。

 この祭りは聖人サンビレオが荒野を花で覆った伝説を元にしたもので、常に白一色だった聖都マイオンに様々な花が持ち込まれ、色鮮やかに華やぎ美しい催しだ。特に夜にはルールリアという淡く光る花が空に舞い、幻想的な雰囲気を醸し出す。その素晴らしさは吟遊詩人が歌うほどのもので、国の内外問わず知られている。

 その為、聖都の民だけではなく他国からも人が訪れ一層賑やかになる。言わずもがなそのほとんど、恋人もしくは夫婦。もしくは気になる異性を連れていた。

 聖都の独り身はどうするかって?

 サンビレオまでに恋人が出来なかった彼、彼女等は商売を押し付けられ「来年こそは!」と屋台などをやけくそになりながらガッポリ稼ぐことになる。

 そんな聖都に住む、お年頃のマリスコットも例にもれず好きな人と一緒に回ろうと画策していた。

 彼女が好意を寄せているのは、マリスコットの家に居候しているアティカスという同い年の少年だ。

 父が家に連れて帰ってきたアティカスを見た瞬間に彼女は恋に落ちた。そのミステリアスは雰囲気や決して笑わないが僅かに上げる口角に彼女はメロメロであった。

 そんな彼女はアティカスがサンビレオを知らないのを知った上で、さり気なく彼と一緒に祭りを回る約束を交わした。後に私室で握りこぶしを掲げ、自分で自分に喝采を上げていた。

 マリスコットは記念すべき初デートを素晴らしきものにするために――アティカスはただの付き添いだと思っている――かつ彼に自分を意識してもらうための計画を前日の深夜まで見直し細工を施していた。

 

 祭り当日。

 マリスコットのデートプラン通りに進んでいった。

 まず家を別々に出て、聖都の中心に付近にある噴水で待ち合わせちょっと背伸びして大人っぽいメイクと服装、パンプスを履き何時もの自分とは違うことを意識させる。アティカスはドキドキした……はず。

 その二、午前中は劇(ラブロマンス)を見に行く。アティカスはドキドキしたはず。

 その三、昼食はその劇の舞台に似たところでとる。ここでちょっと劇のセリフを使った意味深は発言。アティカスはドキドキした。間違いなく。

 その四、カップルおすすめの街の名所を回る。周りのカップルに当てられアティカスはドキドキする。そしてマリスコットとの距離が近くなった気がする。

 若干歩き方が不自然だったかもしれないが全てが順調に進んでいた。

 とマリスコットは思っていた。

 実際にアティカスはパンプスを履いていて転ばないかな?と思っていたし、ラブロマンスな劇中で出てくる意味深発言の深い場所までは理解していなかった。また彼女との距離が近くなったのは人ごみではぐれないように気を遣っただけなのだが。

 

「どう、アティカス?綺麗でしょ!」

「そうだね」


 それはさておきマリスコットが立てた計画のラスト、ルールリアの花が夜空に浮かび幻想的な光景が町中に広がるその中を二人は歩いていた。


 ハプニングは起きるモノではなく起こすものである。


 マリスコットの母親の至言に従い彼女は行動を起こした。


「あっ!」

「大丈夫?」


 態勢を崩したマリスコットにアティカスが駆け寄る。

 彼女のパンプスのヒールが折れていた。

 三日かけてヒールをある方向から力が加わったら折れるように慎重に施した細工である。


「ヒールが折れてるね」

「ああ、どうしよう……これじゃあ歩けない」


 マリスコットは悲しそうに俯いた。アティカスからは髪で隠れて表情はうかがえないが、彼女はほくそ笑み内心で「決まった」と思っていた。


 宗教都市でもあるこの街生まれでも神の奇跡や第六感なども信じていないリアリストの彼女だが、その細工が発動しないよう歩くのには少し骨が折れたがその分の成果が得られるとマリスコットは何故か確信していた。

 多くの男が「じゃあ背負おうか」という状況に持ち込んだからだ。

 マリスコットがアティカスにたいして毎日のようにしていたボディータッチをここまで一切しておらず、祭りの熱に当てられ作戦によって焦らされたところで今までもしたことがない女の子を背負うというかつてない密着。

 流石の無表情アティカスもそろそろ心臓が破裂するのではないかと思った時、アティカス口を開いた。


「こうなるんじゃないかと思って台車を借りといたよ」

 

 彼はどこから取り出したのか、祭りの準備で使われているのを見た間違いなく荷物を運ぶための無粋な台車を持ち出してきた。

 

「ほら乗って」

「あ……うん……」

 

 呆けたままの彼女は言われるがままに台車に乗った。


「じゃあ行くよ」


 計画が上手くいかなくて悔しい感情、女の子に対してこの扱いはどうなんだという怒り、自分の事を見ていてくれて心配していてくたことにたいする嬉しさなど。色んな感情が湧いて停止しているマリスコットが乗った台車をアティカスは押す。

 淡く光るルールリアそんな二人を優しく照らしていた。

 

 

 

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