第六感・天啓変

あぷちろ

天啓

 人というものには超常的な感覚があるのだろう。この瞬間にもそういった超常的な感覚――第六感を知覚する。

 視覚に頼るでも、聴覚に頼るでもなく。嗅覚で捉えずとも触れることもなく。もちろん味覚など感じる訳でもなく。

 頭のてっぺんから体のおわりまで、得体の知れぬ衝撃が伝わるのだ。

 思考が停止する。

人によってはこの感覚を、悪寒といったり、天啓といったり、私は後者であった。

視界が拓け、そしてその六つ目の感覚を齎した対象に視野がフォーカスする。

私は彼を手に入れなければならない。強迫観念にも似た焦燥感が悲喜といった感情を満たし、私の足を突き動かす。

 彼我の距離は数十歩、小走りで駆け寄る私にとっては短距離だが、十二分に呼気を荒げるのに値する距離だ。

 嗚呼、自らの運動不足が恨めしい。体重を移動させるたびに、着古したスーツの内側で重心をあちらこちらへアトランダムに躍動する惰肉が余計に私のスタミナを奪う。

 履き潰している革靴の、斜めに磨り減った靴底に足を取られて、私は無様にアスファルト上を転がる。

無駄に体格だけは大きい所為で、地面に衝突した時の衝撃や斯くや。

 スラックスの膝部分、ジャケットの肘部分が解れとそれにボタンがいくつか路面へと弾け飛んでいる。

 我ながら派手に転んだものだと冷静に状況を把握する。この歳になってここまで大胆に地面を転がることなど無くなっている。ましてや幼子のように擦り傷をすることなど。

 幼子であれば痛みに泣きわめくものだが、私のような中年はあいにくそのような感性が死滅しているのだ。

 私はじんじんと痺れる手足をあくせくと動かして、残り十数歩と差し迫った所でお目当ての『彼』をハッキリと視認できた。


“数量限定バームクーヘン・残り2つ!”


 私は大きくガッツポーズをした。





おわり

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